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私はプロレスが好きだ。
中学生の頃、たまたまテレビを見ていたらプロレスをやっていた。四角いジャングルの中で、屈強な男達が組み合い、投げあい、殴りあう。 私の中で何かが弾けた。初めての恋にも似たあの時の高揚感を何と表現したら良いのか、今でも言葉は見つからない。 プロレス雑誌を読みふけり、レンタルビデオ屋でプロレスビデオを借り、プロレス好きの友人(そのほとんどは、私が洗脳したのだが)と、技の研究をし、威力を検証しあったりして遊んでいた。 私のプロレス熱は、4つ年上の兄にも飛び火した。むしろ、兄にとっては日々溜まる受験勉強のストレスを、弟がプロレス好きをいいことに、殴ったり蹴ったり投げたりして、晴らしていたに過ぎなかったのであろうが。 兄と私の熱い闘いは、兄が勝手に私の部屋に入ってきて、「カーン」と言われた瞬間から始まる。いきなり殴りかかってくるものだからたまらない。普通の人間ならば、その理不尽な暴力に憤るものだが、私の場合は違っていた。むしろそのゴングの瞬間を今か今かと待ちわびていた。ここまでくればちょっと頭がどうかしている、と思うがどうだろうか。 闘いは毎日のように繰り広げられた。しかし、一般家庭にはリングなどと言うものはない。当然床はフローリングで、固い。そんな凶悪な環境の中で、兄は私をバックドロップで投げたり、パイルドライバーで脳天から落としたり・・。 よく死ななかったものである。 闘いは2階で行われていたため、当然下の階に響く。下の階というのは主に両親のテリトリーである。どっすんばったんと毎日の様にやられた両親の怒りはどのようなものであっただろうか。 業を煮やした母親が、階段を獣のように駆け上がり、私の部屋のドアを音速で開けた。 男と男の闘いのリングに、乱入してきたのである。 「おまえら、ええかげんにせんか~~~~!!!」 雄叫び一閃。突如の招かざる乱入者に動きが止まる兄弟。 動きの止まった兄の手をとった母親。私は兄に迫り来るであろう悲劇を憂い、その成り行きを見守っていたのだが・・。 母親は兄の手をとり、勢いをつけて窓際へ押しやった。ん・・?こ、この一連のムーブは・・。まさか母親は兄を「ロープに振った」のか? 殴られる、と思っていたであろう兄も、予想だにしない流れに困惑顔であったが、いまだ闘いの余韻が体の奥底にくすぶっていたのであろう。 部屋の端の窓際に放り投げられた兄は、いったん窓際まで走っていったかと思うと、くるりと反転し、窓に背中をつけ、そのまま母親の元へと帰っていったのである。 まさしく、プロレスの動きそのままであった。そう、ロープワークによる攻防を、この親子は私の前で見せていたのである。 高々と手を上げていた母が、走りよる兄に向かってその手刀を切った。故・ジャイアント馬場にも勝るとも劣らない見事な「脳天唐竹割り」であった。 カウンターでその一撃を受けた兄は、あえなくダウン。そのまま10秒ほど立ち上がれなかった。 うずくまる兄に「静かにせえ!」と捨て台詞を吐いた母は、意気揚々と階段を下りていった・・。 その出来事以来、兄は受験勉強に精を出すこととなり、私の部屋に入ってくることもなく、当然ゴングも鳴らなくなった。 母は強い。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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