少年漫画感想『COOL - RENTAL BODYGUARD -』(許斐剛先生)
ここ半年、劇場版公開を機に、「テニスの王子様」にどっぷりはまっています。多メディア展開の広がりの把握も今後行って行きたいとは思っていますが、まずは、原作者・許斐剛先生のワークス漁りをまったりやっています。許斐剛先生、超面白いです。テニスの王子様以外で、単行本・文庫本が発売されているシリーズを鑑賞しました。諸々感想です。『COOL - RENTAL BODYGUARD -』(1997年・許斐剛先生・週刊少年ジャンプ・文庫本2冊)人の心を先読みする能力に長け、向き合った相手とラジカセで会話をする男…レンタルボディーガード派遣の『JAM』に所属する、トリッキーこと「COOL」。海外勤務中の父親が、仕事関係でトラブルに巻き込まれ、自身の身の危険も感じた女子高生・笑子は、ボディーガード依頼をするため、指定された喫茶店『JAM』を訪れるが…。「テニスの王子様」より2年前の、許斐剛先生の初連載作品。今回、初めて読みました。文庫本1巻収録の、プロトタイプとなる読切が96年末の赤マルジャンプに掲載され、その後、文庫本2巻収録のもう1作・「COOL」の読切の掲載を経て、97年40号~ジャンプ本誌で本格連載が開始しています。以下、蛇足になりますが、この97年当時のジャンプを取り巻く環境について。95・96年に「ドラゴンボール」「スラムダンク」の2大巨頭が相次いで連載終了をし、96年後半~97年にかけてで、それまで600万部超を誇っていた発行部数が400万部付近まで急落(ネット情報)。週刊少年マガジンに、発行部数を抜かれる事態となっています。ちなみに当時、我が家でも父が毎週スラムダンク目当てでジャンプを購入しており、私たちもその恩恵にあずかっておりましたが(子供たちの方が、他作品も含めて楽しんでた)、当然ながら連載終了と同時に本誌購読は終了となりました。個々には、まだまだ人気作が多数掲載されている状況とはいえ、世間一般まで認知されるような、勢いのある看板作は、おそらく「るろうに剣心」のみ。97年に入ると、「ろくでなしBLUES」も終了とのことで、年齢が高めの読者層的には、「もういいか」「卒業」という状況だったかと。(96年内には、「封神演義」や「遊戯王」という、しっかりしたつくりの名作も連載開始しているようなのですが…)週刊少年ジャンプとしては、正念場ですよね。で、この97年にジャンプ本誌で初連載を獲得している新人が、下記↓の、まさに90年代末~2000年代のジャンプ本誌を牽引するスター作家様たちです。・仏ゾーン:武井宏之 先生・世紀末リーダー伝たけし!:島袋光年 先生・ONE PIECE:尾田栄一郎 先生・COOL- RENTAL BODY GUARD -:許斐剛 先生 いずれの作家も、92~5年頃の雑誌絶頂期にデビューし、数年、数か所の連載作家陣の元へアシスタントとして配属され、週刊連載作の作り方・画面の作り方を学んだ、「ジャンプブランドが育てた」作家様かと思います。ネット情報を見た感じですと、ONE PIECE が34号~で、その次に新連載として始まっているのが、40号~の、この「COOL」のようです。(すごい話だな…。)「世紀末リーダー伝たけし!」と、「ONE PIECE」が、明らかに子ども向けを意識した作品なのに対し、こちらの「COOL」は、それよりも年齢層高め読者を対象としている印象です。前置きが長くなりましたが、こういった↑状況下で、許斐先生が渾身作として仕掛けて来ていたのが、この「COOL」だった、ということです。ぶっ通しで読んだ感想は、素直に「オモシロい作品」でした。特に、文庫本1巻収録のプロトタイプの読切と、連載開始~6話までのエピソードに関しては、事前のかなりの練込みを感じ、読み応え抜群でした。「話の作れる作家様の作品って、いいよね!」「演出が妥当、魅せたいものが明確で、ノーストレスで読める!」と思えました。キャラクターにも練り込み・ひねりを感じました。とても魅力的です。ラジカセで人と会話しようとする変人・COOLと、愛嬌良く、物おじしないヒロインの笑子ちゃんのキャラクター同士の相性も非常に良く、掛け合いが微笑ましいです。以下、個人的な注目どころ。・世界観・モチーフ舞台は一応は日本なのですが、オープンカー・ごついバイク・銃 が悪びれもなくガンガン登場する、かなりアメリカナイズな世界観で話が展開されます。単行本3冊分で、本連載は終了となっていますが、その先はアメリカ編を展開予定だったと、文庫版のコラムに記されていました。本作を読んで、妹と話したのが、「リョーマ!新生劇場版テニスの王子様」の世界観・モチーフが、もろにこの「COOL」に見て取れる、オモシロい、という話でした。リョーマ!を鑑賞した際、「テニスの王子様」ではない世界観に、リョーマくんと桜乃ちゃんを連れて来たかったなんだな、と認識したのですが、それにしても「しっくりくるなぁ、世界観が出来上がってるなぁ」と感じていました。劇場版では、主に脚本家様…だと思うのですが、おそらくこの「COOL」まできちんと事前に読み込んだ上で、オープンカー、悪の組織、電話BOX、カーアクションといった要素・モチーフを許斐剛ワールドの構築材料として組み込んでいたんだな、と。※ちなみに、「教会」モチーフは「COOL」、「LADY COOL」内、「テニスの王子様」原作を含め、どこにも登場しない。※「銃」は、中一の子たちの逃亡劇には物騒過ぎるので、ナイフになったっぽい。・1ページ目・ヒロインの「ふえ~ん」で開幕許斐先生の作品ですが、後ほど語るデビュー作「鉄人」から、この初連載作・「COOL」と一貫して、極論を言えば、「困ってる女性・子どもを助けるヒーロー」の話です。許斐先生の価値観の大前提として、コレ↓があるんだと思います。「女・子どもを守るのが、“男らしさ”だろ!」「無条件で女の子を守ってあげられる男の子、それが皆が見たい少年漫画ヒーローだろ!」まぁ…90年代初頭からの作家様にしても、かなりステレオタイプと言うか、古めかしい「昭和」なジェンダー感性だな、と感じます。ただこれは、もうしょうがないんだと思うんです。おそらく許斐先生が、幼い頃から心を弾ませてきたエンタメ作品を元に形成してきた価値観なんだと思います。ちなみに私も妹も、思いっきり、エンタメの大前提として↑この価値観を土台に据えている人間です。仕方がないんだ…!東映アニメーションの原点的な劇場長編アニメーション『長靴をはいた猫』や『天空の城ラピュタ』を、子どもの頃から刷り込まれて生きてきたんだ…!「これ」がエンタメの基本形なんです。仕方がないんですよ…!「テニスの王子様」という作品で、女性層に絶大な支持を得て、ファンに求められるものをなんとか形成・提供しようと、譲れるものはすべて譲って、ひたすら腐心されて来た許斐先生が、ど~~~~しても、「ヒーローとヒロイン」…「リョーマ君と桜乃ちゃん」だけは!ここだけは譲れない。…そんなの、当たり前だと思うんですよ。「COOL」を読めば、一目瞭然です。(実際は、「COOL」まで読まなくても、「テニスの王子様」出だしの描き方だけで十分分かることですが)COOLが動き出すきっかけは、常にヒロインの笑子ちゃんですし、レンタルボディーガードの依頼者は、だいたい女性です。土台です。この「当たり前」からしか、許斐先生の中で「最高の物語」は始まりませんし、ここが崩れたら、志向する「エンタメ」の定義から分からなくなっちゃうんだと思うんです。また、COOL本編中では、笑子ちゃんのクラスメイトとして、正義感・男気のあるテニス少年と、彼に恋する控えめな女の子が登場して来ました。そしてプロトタイプの読切作では、ヒロインの笑子ちゃんが、「運動は苦手だけど、日々一人でトレーニングを頑張るバスケ少女」として登場していました。本当に…テニスの王子様の「桜乃ちゃん」というヒロインは、許斐先生が心から、主人公が「可愛いと思う」、「守ってあげたくなる」魅力的な娘になるようにと、大事に設定を詰めて、生み出した娘なんだなぁ、とひしひしと感じました。ここを否定するのは、許斐先生と、主人公のリョーマ君の否定と同義です。本当に。・音楽モチーフ本作、主人公・COOLが、気分が盛り上がると、「COOL!COOL!COOL!COOL!」と絶叫しながらバイクをぶっ放す、というのが、お約束の魅せ場として設定されています。「ハイテンションに『COOL!』って絶叫してる」というツッコミどころ満載感が…どうなんだろう?笑って欲しかったのか、カッコイイと思って欲しかったのか、測りかねるところなのですが。(どっちの方向性としても、ちゃんと詰めて描いてあるので、どっちでも良かったのかもしれません…)まぁ、「許斐剛 節」ですよね。『大真面目に、はっちゃける』こちらですが、タイトルや主人公名も含め、林田健司さんの楽曲・♪COOL をモチーフにしていたとのこと。林田健司さんといえば、私の中ではSMAP楽曲の数々の提供者様です。♪$10♪君色思い♪青いイナズマ関ジャニ∞の♪イッツマイソウルの作曲も林田健司さんなんですよね。あの曲、やたらと好きなんですよ…。原曲を確認しましたが、ファンキーなサウンドに、ノリノリで「COOL!COOL!」とボーカルが踊るようにのっかる楽曲でした。確かに、この楽曲から感じる魅力が、漫画画面にちゃんと落とし込まれていたな、と感じました。林田健司さんの元楽曲を知っている方が、本作を読めば、許斐剛先生が、音楽的な素養がある方なんだな、というのはすぐに分かると思います。ーただ、だからって、「この漫画家、20年後には、劇中歌全曲・作詞作曲して、ディズニー張りの3Dミュージカル映画作り出すんだぜ」と言っても、誰も信じなかったでしょうね…。(私も、今文章で書きながら、改めて「なんのこっちゃ」と思いました。)『鉄人〜世界一固い男〜』(1993年、許斐先生のデビュー作)文庫本2巻に収録されていました。Wikiの作品情報を見るだに、1993年のこのデビュー作以来、1996年末に「COOL」のプロトタイプ読切が増刊号に掲載されるまで、丸3年間おそらく、発表された許斐先生の作品はない…のだと思います。えっとですね…このデビュー作はですね…最初読んだ時、思わず口に出た言葉を包み隠さず記すと、「これは、テニプリという作品の品格を守るためにも、再び表に出すべきではなかったのでは!?」でした。超絶的なオモシロさ・・・作家に眠る、無限の可能性と未知なるパワーの神秘をまざまざと見せつけられたというか。妹の方が先に文庫本を購入し、鑑賞していたのですが、電話で「COOL」ではなく、ほぼこちらの「鉄人」の感想しか話して来ませんでした。「(自己紹介ページも含め)、すごい…許斐剛のすべてが既にここにある…イケメン以外。」なんかよく分からないのですが、とにかく主人公は、頭がツンツンで、軟派なことと豆腐が大嫌いな、硬派で「世界一硬い男」だそうで。人差し指と小指を立てながら発する、「ぐふふ…硬いよ!!」がキメ台詞。「とにかく硬い」という意味不明なキャラクターなのですが、意味不明なまま、最期まで突っ切ります。これもですね…受け取り方を迷う…笑って欲しいのか、カッコイイと思って欲しいのかが、本当に分からない。流石にこれは、「笑い」は狙ってるんだと思うんですが…それにしては真面目にストーリーを詰めて描いてあるので、「真面目にカッコイイヒーロー」を描いてるのかも…とも思う。いずれにせよ、まさかこの作家様が、後に「女性向けコンテンツの始祖」として、ジャパニーズエンタメ界で名を馳せることになる・・・ なんてことは、誰が想像するか!…って作品です。作中、豆腐が大嫌いな主人公が、「冷奴」のことを「豆腐の王子様」と馬鹿にするシーンが登場して、爆笑しました。このシーンでは、明らかに「ナヨッとした」という揶揄の意味を込めて、「王子様」という単語を使ってるんだと思うんですよ。多分、本当に「テニスの王子様」というタイトルも、ジャンプで繰り出す時点で、いったん「揶揄」的な意味合いというか、「馬鹿にされる」視点の集中を狙って付けてるんだと思うんです。「王子様」とか言って、なんだと思うでしょ?でも実はこの「王子様」、すごく熱くて男気のある子なんだぜ…!という反転の面白さを狙って来てた、というか。たぶんですが。オモシロいです…。「王子様」「プリンス」という単語に、これほどまでに向き合い、その第一人者となる作家様のデビュー作に、この単語がこういった形で出てきているというのが、とにかく面白いです。もうちょっと真面目に、93年・黄金期真っただ中の、おそらく漫画投稿者もめちゃくちゃ多い中において、ジャンプ編集部が、この作品で許斐先生を採用した理由について。まず、明らかに「絵」での採用ではないと思います。子どもの頃からお絵かきが好きで好きで、アクションシーンが好きで好きで描いて来た人…という印象は、全く感じないからです。恐ろしいことに、キャラクターたちの演技はきちんと描けてます。写真を見ながら、その演技動作を絵に落とし込むことは出来るんだと思います。でもじゃあ、この作家様に、ドラゴンボールのような、「革新的なアクションシーン」を期待できるかと言うと、それはまずない。また、この時点で23歳という許斐先生は、10代採用も多いジャンプ作家陣の中において、決して若いわけではなく、それにしては、漫画画面の完成度が高い状態とは言えない為、今後ヒット作を飛ばすにしても、育成に時間がかかるだろう・・・と感じます。では、この作品で何を買ったのか、と考えると、コレ↓だと思います。・構成力・演出力特に、ひたすら「主人公に集約」していく形で、キャラクター配置、話展開から、演出まで、徹し切って構成できる力、なんじゃないかな、と思いました。話を作れる(物語を要素分解して組み立てられる)、話が通じる(編集者の意図が汲み取れる)、作家様だというのは、この作品を読めばすぐに分かります。ただ、それだけではなくて、この「訳の分からない主人公」を、徹底的に演出してくる。全部の設定・話回しを、そこに持って来る…というのは、担当さんの付いていない状態の投稿者では、おそらくあまりやって来ない。それが、セルフで組み立てられている。ドラゴンボール、スラムダンクに憧れた、ひたすら絵・アクションに寄ったものが多かったであろう数多の投稿作(想像)の中で、この「鉄人」を買った理由は、ココだったんだろうな、と想像しながら読みました。(あとは、なんかこの…「謎の勢い」と、「謎の満ち溢れた自信」。)この作品の主人公自体は意味が分かりませんが、、この作品のような「主役集約型」の作品構築ができる作家様なのであれば、どんなタイプの主人公を据えても、おそらく同じように構成・演出が出来ます。デビュー時に期待されていたであろう、この強味が、今後見事に華やぎ、「テニスの王子様」という大ヒット作品が生まれたんだろうな、と思いました。「COOL」「鉄人」と、本当に読み応え&鑑賞しがい抜群でした。文庫本全2冊、おススメです!「テニスの王子様」ファンの方で、もしこの前作「COOL」、デビュー作「鉄人」を読んでいない方がいらしゃったら、本当に是非!なんかもう、漫画を読んでる・鑑賞してるというか、「許斐剛」を読んでる・鑑賞してる状態になっています。なんてオモシロい作家様なんだ、「許斐剛先生」…!「COOL」とは、同じ世界線の「LADY COOL」(2013~14年)という作品も、鑑賞済です。こちらもすごく面白かったので、また感想を書いていきたいです。by姉