映画感想『ONE PIECE FILM RED』
映画感想『ONE PIECE FILM RED』(2022年、原作・総合プロデューサー 尾田栄一郎、監督 谷口悟朗)音楽の島、エレジア。電伝虫を使用した個人発信で、世界的な人気を獲得しているシンガー・ウタの、初ライブが開催されることになった。麦わらの一味をはじめ、世界中から彼女の歌を聴きにファンが集まり、あるいは電伝虫で会場の様子を見守る中、ライブが幕を開ける。姿を現したウタに、ルフィが駆け寄り、「昔馴染みで、コイツはシャンクスの娘」という衝撃の事実を明かすが…。予告編→こちら。*以下、公開間もない映画作品の、ネタバレを含む感想記事です。未鑑賞の方はお気をつけください。*いやぁ…これはこれは…天下の『ONE PIECE』がらしくないことして来たなぁ~!!いや…流石、天下の『ONE PIECE』というか…なんてオモシロいんだ!!!予告編を見ていただくと分かると思いますが、ネット展開を意識した歌姫…とか、明らかに、「ONE PIECEファンが、ONE PIECEに求めているもの」ではないんです。私も、「なんなのかな、コレ?」と不思議に思ってて。いちONE PIECEファンとして、全然惹かれるパッケージじゃないですし。公開日を迎えるまで、全然、映画館へ行く気はありませんでした。ただ、前作の『ONE PIECE STAMPEDE』の時に、海賊たちの共闘とか言われても、あまりそそられないしな…と思って、観に行かなかったのですが、配信で鑑賞したら、これが超オモシロくて。『STAMPEDE』は、とにかく尾田栄一郎先生が漫画で描くアクションシーン…同時多発的にあちこちで、間髪いれずに展開されるド派手アクション。そのノリを、想像の通りに、そのままの形で見事に映像化してやろう、という映像意欲作でした。3D技術の進歩と、劇場版という潤沢資金・製作期間でしか実現できないド迫力なアクションシーンがエンドレスで展開し、やりたいことが明確で、仕上がりも素晴らしい作品でした。…しまった、これは劇場に行けば良かった!と後悔してたんです。今回の「FILM RED」も、なんかよく分からないけど、気になるし…『STAMPEDE』の二の舞を踏むのは嫌だ、ということで、公開2日目・まだまだ非常に劇場が混んでおりましたが、行ってきました。本編をしっかり鑑賞して、うなりました。なるほど。そういうことか…!うん。オモシロい!!!これは、天下の『ONE PIECE』が、怖いものを「怖い」と言って、迎え入れている作品、というか。でも「俺は負けない」と言っている…「マウントの取り合い」をセルフで演じている作品、というか。要は、今回メインで描かれるウタちゃんという歌姫の持つ力…ネットワークを通じた個人発信で、世界規模の人気(興味)を生み出せてしまう力。彼女は、音楽とダンスを中心とした映像、そして「世界に対するアンチ心の共感」という武器で、クローズドワールドと言いますか、「自分の世界」を作って、アプリゲーム文化にも通じるような「囲い込み」をしてくるんです。そこに意識を傾ける人の規模が、シャレにならないくらいでかい。個人発信で、「トレンド」を作ってしまう。たかが「世間知らずの小娘」の作り出す世界ですから。はっきり言って、「軽薄・浅はか」ですし、危ういんです。ものすごく軽く、他と比較対象があるわけでもなく、「私が最強!」の世界を作って来る。集英社・ジャンプというNo.1の漫画雑誌で、25年キングとして君臨し、全世界発行部数5億部突破の、明確に歴代No.1漫画作品である『ONE PIECE』からしたら、勝負する相手じゃない。内容で勝負をすれば、積み上げた歴史とコンテンツの質・深さで、絶対に勝てるんですよ。…でも、怖い!!!個人端末から、「クローズドワールド」にシャレにならない規模の人々が直にアクセスして、意識が「その世界」で完結しちゃう。そこで完結した意識の中に、エンタメNo.1作品として『ONE PIECE』はないので。今回の映画ですごく印象的だったのが、「ウタちゃんの世界」の中で、「海賊とはこういうもの!古臭くて滑稽なもの!」と勝手に色付して来たり、勝手にキャラクターを「矮小化」して、マスコット的に落とし込んだりして来る描写です。これは面白かった。この脅威は、『ONE PIECE』が連載を開始した25年前・97年には、存在しなかったんです。ジャンプでNo.1作品として、アニメ化されて、「大人気!」って言われれば、世間一般の意識の中でも、「みんな読んでる」作品だったんですよ。私が、超『ONE PIECE』初期世代なので。アニメ化された段階で、私からしたら「天下を獲った作品」でした。当時、朝5人くらいで学校に登校してましたが、全員コミックス買ってましたから。25年間…四半世紀です。2020年代…この令和の時代に、「みんな読んでる」「みんな観てる」なんてものは、漫画にもTVにももうない…時代が変化し、個人が使用するメディアが全然違う世界線に来て、当然です。『ONE PIECE』を自分たち向けコンテンツだと認識していない、物心ついた時からスマホ等の個人向け情報端末が当たり前な世代からしたら、『ONE PIECE』もなんかよく分からない、自分には関係のない、他の「クローズドワールド」の一つに過ぎない。当然のことで、別に、否定することじゃない。でも、尾田栄一郎先生・『ONE PIECE』が、「だから仕方がない」って言いたくないんだな、と。『ONE PIECE』という作品は、私の知る限り、25年に渡り、「我」を貫き通し続けて来ました。特に、尾田先生自身が繰り出してくるものに関しては、「俺が通る道、それが『王道』だ!!」というスタンスです。「もう『最高の道』を突っ走ってるんだから、外から余計な口出しすんな!」と。それが今回、このタイミングで、明らかに「我」ではない外部のものを、「怖い」と言って、「物語の始まり・シャンクス」とドッキングさせながら、抱きかかえようとしてきた。これまでのスタンスでは考えられない、らしくないことやって来たなぁ…!と。これから、『最終章』…史上最強のエンディングに向けて走り出す『ONE PIECE』が、名実ともに、「みんなが観てる」No.1エンタメ&トレンドであり続けるがために、『ONE PIECE』に興味がない視線にまで、マウントを取りに来てる…というか、『ONE PIECE』に取り込もうとして来てる…というか。時代変遷にすら抗って、「みんな」の作品であり続けよう、とか、別に、ここまでやんなくてもいいんですよ。「いち漫画作品」に、…ファンも、誰もそこまで求めてないし。でも、こうやって「らしくないもの」が、映画作品として公開されましたので。…分かってるつもりでいたけど、全然分かってなかったな。なんっっっって貪欲なんだ。『ONE PIECE』、超オモシロいな!!と思いまして。ちょうど昨年、「テニスの王子様」の許斐剛先生が製作総指揮をした映画、『リョーマ! The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』が公開されました。こちらの作品は、ハッピーメディアクリエイターを名乗る許斐先生が、メディア変遷を「味方につけてやろう」というか、「3D」「多メディアの咀嚼」「時代変遷」を使って、「作品の自己実現・自己再生」を仕掛けてくるような映画作品でした。今回の『ONE PIECE FILM RED』も、『リョーマ! The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様』も、語りどころとしては、「メディア変遷」という観点だと思っているんですが、これまでの作品展開・歴史の違いもあって、アプローチの仕方がかなり真逆を行っていて、なんともオモシロいな、と思っています。結局、『ONE PIECE』は、No.1漫画作品として、ピコピコサウンド・映像、3Dダンス、共感を促す個人発信のメッセージといった文化を使って、作品として自己実現していくことは不可能なので。映画のラストのアクションシーンが、かなり漫画劇画調・墨絵風で描かれていたのが面白かったです。「勝負」じゃないんですが…「マウント合戦」しか出来ないんだな、と。それがよく分かりました。というわけで、今回の映画作品は、たぶん、元からの『ONE PIECE』ファンには大不評だと思います。「は?何コレ?」「なんで『ONE PIECE』でこんなもんやんなきゃいけないんだ?」って感想であふれかえると思います。「いらんやろ、これ以上のファンは」という天下の『ONE PIECE』が、わざわざ他の畑を荒らしに来てるような…、戦ったら絶対勝てる、「相手にしなくていいもの」を、わざわざ欲しがって、丁重に迎え入れているような作品なんで。もちろん、出し手は分かっててやってます。まぁ…ファンが思っているより、『ONE PIECE』は「他の畑」まで欲しがるような、貪欲な「海賊」なんだな、ってことだと思います。本当に、90年代後半からのジャンプ作家様たちは、「漫画家」と言うに留まらない…いや、逆ですね。「漫画」に生み出されたワールドが、全トレンドの支配者として、No.1でないと気が済まない。故に、漫画媒体以外の、畑違いの分野・メディアにまで手を出してきて、自分のワールドに引き寄せようとして来る…もしくは、マウントを取ろうとして来る。メディア最前線・トレンド最前線が体感できました。鑑賞しながら、尾田先生・『ONE PIECE』の想像を絶するあまりの貪欲さに、思わず笑ってしまいました。興味がある方は、是非、劇場で鑑賞してみてください。by姉