九死に一生の母でした
母は精神的なものではなく器質的な病気でした。22日の午後に教育事務所に遅れて到着し、「わかばの会」に参加したのですが、ピーが初めて発言をするという画期的な記念の日になりました。そして夕方6時半に実家に着くと、母は殆ど動けなくなっていました。救急車とも考えたのですが、掛かり付けの山形の病院に連れて行った方が良さそうだと思い、抱え込んで一緒に外に出てびっくり!!顔が真黄色だったのです。「お母さん! 黄疸だよ!!」もちろん母は朦朧としていて意味が通じていませんでした。あんまり黄色だったので驚いてしまい、救急車や家の中にある緊急救急ブザーの事も忘れてしまいました。病院に着くまでは赤信号で止まる度に振り返って母が生きているのを確認し、びくびくしながら運転しました。事故を起さなくて良かったです。手が震えていました。「病気だったんだー。 器質的な病気だったんだー」何度も何度もつぶやいていました。夜間救急受付でもしどろもどろな事を言っていました。看護士さんに母を引き渡すととても安心しました。救急車じゃないので順番待ちがイライラしました。やっぱり救急車にすべきだったかと後悔しました。救急車で搬送された人は優先的に見てもらえるんですよね。でも、その日当直だったドクターが調度消化器科の医師で、しかも温和で誠実そうな方で助かりました。検査報告と治療のインフォームドコンセントは図解などもして頂きとても解り易いものでした。母の病状は総胆管結石による「閉塞性黄疸」と「胆のう炎」でした。この二つが合わさるととても危険なので今すぐ治療します。と言われました。炎症による熱もあって、相当に痛かったろうと思われます。後で母に聞いたら「寝ていたら治ると思った」と言いました。判断力が無いんですよね。胃がある人は胃カメラで治療をするのだそうですが、母は胃を全摘しているために肝臓と胆のうに溜まりに溜まった胆汁を逃すため脇腹からチューブを差し込むと言う手術をしたのでした。しかも母は認知症があるためにチューブを抜き取ってしまう危険があり、それをしたら死んでしまうので看護が必要との事です。駆けつけた弟は母の黄色い顔を見て驚き、白目さえ黄色になっているのを見て絶句していました。「気付かなかったーー。 気付かなかったーー」と何度もつぶやき後悔していました。母が実家で横になっていた部屋はカーテンを引いて暗くしていた上にオレンジ色の薄暗い照明を付けていたので室内では顔色が解らなかったのです。叔父が最近癌で入院手術したので母がショックを受けて落ち込んでいるのだろうと弟は思い込んでいたのだそうです。私も3週間前に母が「胃の裏が痛い」と言っていたのを私とやり合ったから精神的な痛みを感じているのだろうと思っていたのでした。私も弟も末期症状になるまで気付かなかった事にガックリしていました。でも「理由が解って良かった~~」と弟は何度も言っていました。弟は本当に母の事を心配しているんだな~とつくづく思いました。そうして30分ほどで治療は無事に済み、2人部屋で家族が付きっ切りで看護するか、家族がいる時は6人部屋で家族がいない時はナースステーションでみてもらうかのどちらかを選ぶ事になりました。認知症の人は、入院して2~3日の時に混乱してしまう事が多いのだそうです。そしてチューブを抜いてしまうのだそうです。だから24時間の看護が必要だそうです。でも、24時間付きっ切りは無理なので6人部屋にしてもらい、ナースステーションでお世話してもらう事にしました。昨日母はとてもシャン!としていたのですが、今日はとてもボケボケでした。お友達が来てくれた時だけは起き上がっていましたが。見栄っ張りなんだから~~。(笑)今日、私達が帰る時にナースステーションに連れて行かれた母は素直~に手にミトンをはめられていました。チューブを抜かないように、ミトンをはめるんです。実家では色んな物が混沌としているので入院準備をするのがとても大変でした。何時間も掛かって荷物を探して整理しました。腐っていたり、混入しているものが沢山あるので時間が掛かるんです。それで病院に着いた頃にはすでに疲れ果てているんです。無事に退院してからの事も考えないといけないんですよねぇ。今まで通りには行かないと思うので。ああ~~~。こうして母は何度目かの「九死に一生を得た」のでした。私の記憶にある限りで救急車に乗ったのは5回。死にそうな病気になったのは4回目5回目?お腹を切ったのは4回目?年より老け込んでしわくちゃになり、真黄色になって急変するわけでもなく頑張り抜いた母に(年齢的に急変するかもしれないとも言われた。 症状的に末期なのでとても危険だとも言われた)「お母さんの肝臓と胆のうは 辛い状態を耐え抜いたんだから よく頑張ったね~~って褒めてあげてね~」「お母さんの身体も 胆汁が巡って大変だったんだから よく死なないで頑張ったね~~って 褒めてあげてね~~」とお腹を撫でながら言ってあげると母は笑いながら「私は頑張ったのぉ~?」と聞きつつ「よしよし、よく頑張った頑張った」と自分でも撫でていました。(笑)素直でした。(((((^m^;これから、胆汁が出尽くして胆のうの炎症が治まってから詰まっている所を治療するそうです。それはもしかしたら石ではなく腫瘍かもしれないと言われました。先はどうなるか解りませんが、母はしなびて痩せこけた身体で結構素直にしていました。いやあ~誤解したりしてごめんねお母さん。昔、恐い人だったのでいつまでも警戒しちゃうんです。そうしてピーを家に連れ帰って来たのですが、日曜日に今度は一人で出かけて来ます。命拾いした母の話でした。