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テーマ:巨大地震後(38)
カテゴリ:巨大地震後
一昨日、リュックを背負って
近くのスーパーに買い物に行った。 家を出てすぐに、 前方を見たことのある婦人が よたよたと歩いていた。 すれ違う前にこのおばさんが 南向いの隣人だと気付いて声を掛けた。 この南向かいのAさんは 3月11日の巨大地震の翌日も いつもと変わらぬ生活を過ごしていた。 Aさんは毎朝5時半に起きて散歩をし、 夕方日が暮れる前に散歩をし、 早め早めに食事をして 夜の8時には眠るんである。 太陽と共に起きて散歩をする 実に健康的でエコな生活である。 土曜日には、 数年前からの町内会の取り組みである ダンベル教室に参加していて、 帰りに家の前で友達数人とおしゃべりを楽しむ。 そこここで町内の人達と交流をして ゲートボールも楽しんでいる元気な老人会の一人なんである。 Aさん達は 巨大地震の翌日の3月12日の昼時、 いつものようにダンベル教室からの帰りに Aさん宅の前でいつものようにおしゃべりをしていた。 私はそれを見て 日常性を失わない彼女らに驚愕したのだった。 勿論電気が来ていなかったから 海岸地域でどんな恐ろしい事が起きていたか 全く知らなかったのだと思うし、 寒い集会所でのダンベル教室だったと思われる。 でも楽しそうだった。 そうして見ていると3月12日は 状況を知るためか道路には 年配の人達がそぞろ歩きしているのが ことの他多く見られたのだった。 若い人は見られず年配者ばかりだった。 13日になると若い人も外に出て買出しや 水の補給に出歩くようになった。 そのうちこんなに若い人がいたのか と思うほど若い人を見るようになった。 普段塩竃では、 若い人はみんな電車や車で仙台に行くか 大型店で用を足すので 地元で買い物をしたりしない。 こんな住宅街で若い人だらけの道を見たのは 初めてだった。 先日、西隣りさんとも話しをしたのだが、 非常時における老人会の婦人達の 常と変わらぬ日常性に何か違和感を感じたのだった。 逞しくて凄いね! でも変だね、と 西隣りさんと共感したのだった。 あんなに大きな地震でライフラインが切れても 普段と変わらない生活が出来るのは何故なのかな? とずっと思っていた。 そして一昨日、 道を歩いていた南向かいのAさんに追いついて (Aさんは足が遅く、私は歩くのが早い) 話をすると、 なんと具合が悪いと言う。 眩暈がひどくて入院した事もあると言う。 4月7日(木)の大きな余震の後で 散歩に行った多賀城の遺跡で意識が朦朧として 倒れたのだと言う。 散歩している人に頼んで 携帯でご主人に連絡を取って 迎えに来てもらったのだそうだ。 検査したが 特に悪い所は見つからなかったのだそうだ。 いつもの眩暈なら吐いてしまうのに 今回のは違っていたと言う。 そして私が会ったこの日の朝、 またしても眩暈がして倒れたのだと言う。 倒れると危険で心細いから 散歩はしないし外には出ていないと言う。 最近はずっと家の中にいるそうで この日はスーパーの敷地内のATMに用事があって 覚悟を決めて歩きで出たらしい。 夜も 少しでも揺れると目が覚めるのだそうだ。 一緒にゆっくり歩きながら話していると Aさんに巨大地震の時の落ち着きは無く、 不安と恐怖が伝わって来たのだった。 スーパーの前でAさんと別れて買い物をし、 荷物をリュックと袋に詰めていると Aさんがやって来て 帰り道も一人は不安なので 一緒に帰ってくれと言う。 こんなAさんは初めて見たので 内心驚いたのだった。 いつも自分の世界が確立されていて 興味のないものは排除され 自分に都合の良い世界で暮らしている感じがしていた。 だから庭や花の話は沢山出来ても それ以上の話は全くした事がない。 Aさんの中に実生活以外の興味は 全くないようだったので関われないのだった。 そのAさんも 巨大地震やライフラインが切れた不便さは いつもの調子で乗り越えられても、 続く大きな余震や原発の不安は もはや無視出来ない状況なのだろうと思う。 さて心細げなAさんと話ながら Aさんのような年配の人達や若い人達の心に 今回の大震災は いかな影響を与えたのだろうかと考えた。 多分これまで無視しながら生きて来た事を 今回は無視出来なくなってしまったけれど 直視すると心が折れてしまって生きていけないから 折衷案として目の前の事だけに集中して 地震前の状況に戻ることをひたすら待つ。 そんな所だろうか。 現実を直視するのは大変なエネルギーと 強い思いがないと負けてしまうんだね。 だからみんな 都合の悪い事は無視して生きているんだね。 だけど視界に入ったものは脳に残っているから 体がその辛さや恐怖を訴えるので 病気になって現れるという訳だ。 「検査しても何もないって、病院から出されてしまって」 Aさんは言うのだった。 「それは今回の不安な毎日のストレスじゃないですか?」 と言ってみた。 「んだいが」(そうだろうか) Aさんは一見普段と変わりなく見えたけれど 心の奥と体には不安が一杯詰まっていて 自分がその恐怖に気付いてあげないと いつまでも体が発信し続けるんだと思う。 「動いた方がストレス発散に良いので 散歩は少しでもした方が良いんじゃないですか?」 「んでも倒れるどおっかない」 「出歩きたい時お付き合いしますよ。 声掛けて下さい」 「出る時はおとさんの車があるから」 でもあんなに朝夕に散歩をしていたAさんが 歩かない生活になってしまうのでは 益々体調を崩しかねない。 こんな風に 健康を害していく現状もあるのだなぁと 驚いた次第だった。 みんな限界が近いのかな。 メンタル面が弱くてすぐに体に出る私だが 今回は揺れると心臓がギュン!と縮み上がり 全身にアドレナリンが巡る以外は大丈夫そうで、 揺れる夜も眠れている。 それとも何か、 いつもの鈍さから半年後とかに反動がやって来るのだろうか?( ̄_ ̄|||) そうして今度は福島が揺れに揺れている。 地震・津波・原発の三重苦にあえぎ続ける福島が 気の毒でならない。 毎晩零下1度の寒い4月を過ごしているのだが、 それでも春は確実にやって来ている。 ?庭にやって来た春? この育てやすくて よく見かけるけど脚光を浴びないピンクの花を 今回調べてみた。 「ベルゲニア・コルディフォリア」 と言う大層な名前だった。 絶対憶えられにゃい(・ω・`) 水仙だよ! 水仙が咲いたんだよーー!!! 春だよ! 春がようやっと来たんだよーー!!! いつの間にかこんなに咲いてた。 沈丁花の香りは強くて素晴らしい。 これは放置していた白菜が 菜の花を咲かせていたのだよ\(^ー^)/ 「くえっから、つまんでゆがいて」 とAさんが教えてくれたので 帰ってから早速この白菜の菜の花を 写真に撮ってから食べたら 甘くて美味しかったよおおおヽ(´ー`)人(´∇`)ノ 新鮮なものに勝る野菜なしだね。 そして怠慢で怠惰な所業も たまにはいい事を生み出す事もあるってばよヽ( ̄▽ ̄)ノ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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