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※この前の話が「65」になっていたので「66」に訂正しました。そして時間と気力がないので未推敲……。
「それは……何やらややこしいですね──」 水と魚に馴染んだ石、なぁ……条件が曖昧すぎると思う。魚の腹に出来た胆石とか? 魚に胆石があるのかどうかは知らないけど。 「単純に質のいいものってだけなら、水無瀬さんなら簡単に手に入りそうですよね……」 俺の呟きに、ご老人は鷹揚にうなずく。 「まあな。だが、仮にも神様の磐座にしようというのだから、ただの石では間に合わないんだろう……な、慈恩堂さん」 話を向けられて、真久部さんがうなずく。 「ええ。質の良い、人の手垢のついてないようなものなら、使えなくもないとは思います。でも、僕は水無瀬家の家神様にとって、宿り心地というか、居心地の良いものにしたほうがいいと考えているんですよ」 今まで仮住まいで窮屈にしてらしたんだし、せめて新居では気持ちよく過ごしていただきたいじゃないですか、と続ける。その言葉に水無瀬さんは考え込んでいるようだ。 「そうですねぇ。いくら上質のものだとしても、たとえば北欧風の家にいきなり移り住んで、何でも屋さんならすぐ馴染めますか? ──別に中東風とか、東南アジア風でもいいですけども」 東南アジアふうと聞いて、俺はテレビCMで見るような海辺の高級リゾートホテルを思い出した。南の植物を生かしたお洒落なインテリアに、大きな窓から入る潮風は気持ちよさそうで、とってもラグジュアリーな気分になれそうだけど──。 「旅行で滞在するなら、いいなーって思います。でも、そこで生活するとなるとどうかなぁ……」 夏は砂漠の真っ昼間、冬はシベリアの夜なみに冷えようと、俺は今のコンクリート打ちっぱなしのボロビルがいいや。 元は何の用途で建てたのか知らないけど、三角形に近い変な台形をしてて。いくらドタドタしてても他に部屋は無いから俺以外の住民はいないし、洗濯物は屋上に干し放題、仕事に使う道具は下のシャッター付倉庫に入れられる。汚したら自分で掃除すればいいし。俺の生活スタイル(?)にぴったりだ。 うん、猫だって気ままな居候をさせられるしさ。インテリアは元妻にもらった頑丈なパキラだけでいい──。 「儂も、そうじゃなぁ……生まれたときからこの家に住んどるから、いきなり全く違う形式の、全然馴染みのない家具や道具に囲まれたところで暮らせと言われたら、嫌じゃな」 慣れ親しんだ家が無理なら、せめて似たような家じゃなぁ、と水無瀬さんも呟く。 「まあ、住めば都、という言葉もありますし。どんなところだって長く住めば馴染めるんでしょうけれど」 真久部さんは軽く首を傾げてみせる。 「でも、慣れるまでは違いに戸惑うし、それで苛々することもあるでしょうし。──そういうのは神様も同じだと思うんですよ。慣れ親しんだ家に近いものに収まれば、家神様だって気持ちよく仕事に専念できるでしょう」 「そうか……、水無瀬家の家神様ですもんね」 水無瀬家を守護するのがお仕事、になるよな。 「知らなかったとはいえ、六十年以上も磐座を壊れたまま放置してしまったお詫びの気持ちをね。新しい磐座選びにそれを感じられれば、悪い気はなさらないと思うんですよ」 自分を尊重して、好みも考えてくれたんだなと思えば、誰だってうれしいものじゃないですか? と真久部さんに言われて、俺と水無瀬さんはそれはそうですね、とうなずきあう。 「ただ高価なだけのものなんて、誰にだって選べるでしょう? ビーズ刺繍のクッションより、紫色の楽屋座布団ですよ」 何やら力の入ってる真久部さん、ビーズ刺繍で何か嫌なことでもあったのかな……? 「それがいくら良いものだとしても、全然全く好みでないような、もらっても困るようなものを押し付けられたら……しかも捨てられないなんて──」 自分の好みの押し付けは、喜ばれません。そう言って、真久部さんはにーっこり笑う。 「……」 「……」 俺と水無瀬さんは目だけで会話して、突っ込まないでおこうと瞬時に合意した。だって、なんか怖いんだ、真久部さん。──まだつき合いの浅い水無瀬さんもそれを感じているらしい。 「つるつる滑るしごつごつする、飾っておくしかないようなクッションはともかく、僕の伯父が見つけてくれたこれはとても家神様のお好みに合ってると思います。きっと居心地も良いはず」 俺と水無瀬さんの慄きを知ってか知らずか、いつもの胡散臭い笑みのまま真久部さんは傍に置いていた大きめの桐の箱を座卓に移し、中身を取り出した。天鵞絨のようなふかふか布の上に置かれたそれを見て、水無瀬さんが息を呑む。 「これは……」 溶けかけた塩の結晶がたくさんくっついたみたいな形の半透明の石の上に、似たような多角形の赤い石が細長く集まっていて、それはまるで薄赤い金魚が水の中で身を休めているようだった。 「これ、庭の池の金魚みたい……」 変わった色と形をした不思議な石に目を奪われたまま、唖然とそう口にした俺に、水無瀬さんも「金魚が眠っておるようじゃ」と呟いた。 「菱沸石と、その中に生じた柘榴石です。加工したわけではなくて、元からこういう形です」 素直に驚く俺と水無瀬さんに、どうやら真久部さんは心が和んだようだった。先ほどより落ち着いた声で説明を続ける。 「詳しいことは僕も知りませんが、沸石の仲間は空洞を生じやすいそうです。溶岩と水の相互作用……だそうですが、柘榴石だけではなく、他にもこんなふうにきれいな鉱物標本があります」 「じゃあ、これはそういう標本の一つだったんですか?」 目の前の石の塊は、大人の男の握りこぶし二つ分くらいの大きさがある。綺麗だし、形も珍しっぽいし、どこかの美術館みたいなところで展示されていたものだって聞いても驚かないと思う。 「……預けた金額で足りたんですか、慈恩堂さん」 同じことを考えたんだろう、水無瀬さんも困惑の声を上げる。 「いえいえ」 真久部さんは首を振り、また読めない──俺にとっては怪しく見える笑みをうかべてみせた。 つづく……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.01.06 12:59:35
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