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凍えたココロ

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2006.10.13
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毎日の病症に、身体は疲れ切っていて、

悲鳴を上げている。

眠っても眠っても、怠い。

眠たくても、疲れによって

目覚めてしまう事もある。

そんな時は、いつも苛々してしまう。

苛々が、過食の衝動を呼ぶ。

そんな悪循環の中、食べ始めて

しまいそうな、不安定で不安な心を

抱え得る事が出来るように

なったのは、ほんの少し前へと

進めた事になるのであろうか。







唯、夜の過食嘔吐だけは避けられない。

時間が来たら絶対に



「食べて食べて吐かなければ」



と言う想いに支配される。







主治医と対話していて気付いた事がある。

昼間、私は学生でなければ働いてもいない、

謂わば何の役割も無い私がそこに在る。

その様な何の役割もない自分が許せない自分が

居る。だから“顔なし”が暴れ出そうとして

“ハク”が“顔なし”を追い出そうとしているので

あろう。







今日は『千と○尋の神隠し』になぞらえて

話をしている時に、

暴れる“顔なし”と共に、心を支配する

“ハク”についても考えねばならない


と言う事に気付かされた。

簡単に述べると、“ハク”は名前を奪われ、

湯婆に支配されて言いなりにならざるを得ない

存在である。油場の管理を任せられ、

邪魔者や侵入者は追い出したり豚に変えたりする。

私の中の“ハク”も、“顔なし”を排除する為に

抑え付けるから、爆発して過食嘔吐という

症状となって出るのであろう。







この1~2年で家の環境は変わった。

妹は出て行って彼氏と暮らしているし、

弟は父の家で暮らしている。

母は私の病気を理解してくれようと

優しく接してくれる。

その様な穏やかな中に居るが、

未だに心がいつも追い詰められているのは、



自分が自分に対して一番厳しいからである。



自分を情けなく思ったり、

ストイックに自分を律したりする気持ち。

そうする事で自分を保とうとする自分。

これも“ハク”が強く影響しているのである。

今は体重を測ってないので分からないが、

ほんの数百グラムの増減で自分を激しく責めたり、

許したりするのも“ハク”が為していることである。

“ハク”は、褒められたい為に頑張っていた。

・・・誰にも褒められない事を知りながら・・・。

まるで子どもの頃の自分の様である。

“ハク”も傷付いている。

そんな“ハク”を救わなければ、摂食障害の

治療は始まらないのであろう。








上記の様に、主治医とは

『千と千○の神隠し』を引用して

診察を進める。分かり易いからである。

そして私の中には、

『褒められたいと思う自分』が居る。

しかしそれは少し間違っていて、

本来は

『人と共に単純に喜びたい』

のであると感じる。

日本人は典型的に、

『褒められたい為に頑張って我慢する』

・・・これは自分に無理を強いる事であり、

有害ではないであろうか。

単純に、人と共に喜び合いたいが為に

頑張る事は純粋である。

だから私は自分に無理強いをして

己を律し過ぎたりきつく縛り上げる事は

止めるべきであろう。







『病を生きる』事や、『病と共に生きる』という事は、

自分の中に“医者”と言う存在を認めなければならない。

その自分の中に居る“医者”に褒められると言う事であれば、

無害である。自分の中にある、“能力の高い部分”こそが

“ハク”であり、その存在を“自分の中の医者”に

しなければならない。

偏に、能力の高い人は、その能力に溺れて心を

失いがちになる。そして能力の高い傷付いた存在は、

『苛めっ子』になってしまう。

誰しも、能力の高い部分があり、そこが傷付けば

自分自身を苛めてしまう事になるということである。

私が昨日経験した、昼間の過食を耐えた時間・・・。

それはつまり不安を抱え得られた事に繋がる。

“顔なし”を追い出さなかったのは

大切な体験である。

今日の日中も少し危うかった。

けれどもこの体験を生かして、

「過食嘔吐したい」と言う病症について

もっともっと掘り下げて考えてみる事も

一つの勉強になるであろうと考える。





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Last updated  2006.10.13 20:48:41
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