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カテゴリ:診察・カウンセリング
空を見れば雨雲。
今にも雨が降りそうな気候で 偶にはこんな薄暗い朝も 悪くは無いと感じた。 比較的早く2度目の過食嘔吐を済ませて 眠剤を少量に減らして服用し、眠った。 祖父母の家に行く為である。 目が覚めた時は、起き上がるのが辛く もっと蒲団の中に潜って眠っていたいと 想った。でも、ずっと祖父母に会えていない 寂しさがずっと心を揺るがしていたので、 思い切って起き上がったら、 シャワーを浴びる頃にはすっきり目覚めていた。 唯、強いお薬を服用しなかったので、 深い鎮静状態ではなく、幾分浮き足立っていた。 祖父母は前々から、機会があったらいつでも来なさいと 言ってくれていたので、やっと叶った。 勿論母と一緒に行ったのであるが、 家に着くと部屋がとても暖かく、ついうとうと しそうになる位リラックスしていた。 そして、祖父母はとても元気そうで、 凄く安心した。祖父は相変わらず 曾孫について「もう大きくなっただろう。」と 何度か繰り返していたが、その応答も 色々バリエーションを変えてみた。 その度に破顔して喜んでくれるので、 姪も連れてくれば良かったなと少々 後悔した。 到着した時、母が子どもの頃のアルバムを 祖母が見ている所であった。 偶々見つかったらしい。 幼稚園の頃の母、7歳年下の母の妹、 若い頃の祖父母・・・私まで何故か懐かしい 想いに浸り、母の解説や思い出話を聞いていた。 祖父は外国船の船乗りだった為、 凄く引き締まった顔をしていて、 今の感覚でも凄く男前だと感じた。 理想の男性像と言っても過言では無い。 その後、昼食を食べていなかった私達は お蕎麦屋さんに行く事になった。 この時点で私は嘔吐前提で食べなければならない 申し訳ない想いが溢れていた。 けれども、祖父母と母と私の4人で食べる 温かいお蕎麦は美味しかった。 祖父も、「こりゃあ、美味しいなぁ。温まる。」と 食事を楽しんでいたし、祖母も「美味しいねえ」と 喜んでいた。母は始めて食べる『雉南蛮そば』という メニューを選び、「鴨南蛮そばよりあっさりしてる」と 柚子胡椒をたっぷり入れて食べてぽかぽかしていた ようであった。 私は、こうして温かい雰囲気で食事をすると言うのは、 もしかしたら初めてだったかも知れない。 それぞれに会話を交わしながら、美味しく頂くと言う事は なんて心温まる事なのであろうと、改めて感じた。 夕方からは私の電話診察がある為に、 今までの様に夜までゆっくりしていられなかったが、 心がとても満たされていた。 一緒に何かをする事 というのが、私の心を柔らかく刺激したのであろう。 それは、主治医にも指摘された事である。 主治医は、もしも病気が良くなったら 何かを役割分担して行動するのではなく、 「まずお母さんと何かを一緒にしてみよう」 と提言なさった。一緒にお花の苗を植えるとか、 一緒にお料理を作ってみるとか、 役割を分担して別々の行動をとるのではなく、 “一緒に” と言う事を強調された。 これは双方に心の余裕が無ければ出来ない事である。 また、最近は“一緒に何かをする”と言う物事は 少なくなっている。 だから、一緒に温泉に1泊旅行にでも行って ゆったり温泉につかって会話を楽しんだり、 背中の洗い合いをしたり等、 『こころが通い合う』 と言う事を大切にしたいと段々想う様になってきた。 閑話休題。 昼食は普通量を食べて嘔吐してしまったが、 大好きな祖父母・母と一緒に食事をするという 温かい『発見的体験』をした。 これは大きな収穫である。 そして心が満たされた為か、 余り過食衝動は無いし、過食嘔吐を したくないなとも想うのである。 しかし時間が来たら『強迫観念』に 背中を押されるように 食べ始めてしまうのであろうが・・・。 久し振りに会った祖父母は、変わらず温かかった。 部屋も暖かかったし、食べたものも温かかった。 そしてこころが凄く温まった。 私の為に購入してくれた濃いブラウンのフリースも とても温かい。段々冬が近付いて寒々しくなってきているが、 今日のこころは春の様にぬくぬくとしていた。 何かを一緒にするという事は、満たされる感じが する事に気付いた。 いつか、母と一緒に苗を植え花を育てられる様な そんな余裕が生まれる事を願って止まない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.11.14 20:59:23
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