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カテゴリ:想い
凄く久し振りに
ゆっくり、たっぷり 眠る事が出来た。 入眠時の苛々も無く、 いつの間にか眠りに落ちていて、 目が覚めたのは 14時間後の1時半だった。 強い薬は服用していないので、 余程心身に疲れが溜まっていたのであろう。 木曜日は可燃ごみの日なので 朝、ごみ置き場へ行き 戻った後、 桃の木に水をやった。 少し感傷的になっていたのか、 花についた雫が Kちゃんの涙のように感じられた。 きらきらと太陽の光に反射して それは美しかったが、 寂しさも同時に表していた。 静かに手を合わせ 厳かに祈りを捧げた。 その後、カルーア豆乳を 少しずつ飲んで、 余計な事を考えないようにして お蒲団に潜り込んだ。 頭の隅っこの方で少しだけ 「何か食べたいな・・・。」 と想ったが、 どうしようか迷っている内に 眠れたようである。 一応、スーパーへ行く為に 18時に携帯のアラームが鳴るよう 設定しておいたが、 それにも気付かず昏々と 眠り続けていたようである。 目が覚めても暫く微睡みの中にいた。 そして寒かったので 中々お蒲団から出られなかった。 PC部屋のファンヒーターをつけて 熱々の生命のスープをゆっくり飲んで やっと身体が動き、 頭が働くようになった。 ただ、手がまだ冷たいので 想うようにタイピングが出来ないのが もどかしい。 此処の所、自分の弱さを凄く感じている。 けれども、そこから目を逸らしていたような 気がする。 1日1日をこなすのに精一杯で 食べて吐く毎日に辟易して ろくに眠れず くたくたに疲れていた。 そうして病症が酷くなるのも、 病人としてきちんと休めないでいるのも、 弱さを弱さとして認めていないからであろう。 そして自分を偽り 『良い子』であろうとする自分が 明らかになっている。 でも、分かっていてもどのようにするのが 少しでも治癒の道へ近づけるかが 分からないので辛くなる。 主治医の言葉で印象深いのは、 「弱いものを慈しみ、大事にする弱さが必要なんだよ。 この想いの集まりが“舟”であり、家庭。 家庭と言うよりは“場”でもあり、 その“場”に弱さに対するいたわりの要素が なければならない。」 というものである。 しかし、昨今その“場”にその要素が 乏しくなっていて、病気を患っている人間が 生き辛くなっている。 その要素を回復させる事こそが、 病気の治癒に繋がるのではないであろうか。 大切なのは、 『自然に任せる』 と言う事である。 これは簡単なようでも、かなり難しい事では ないであろうか。 主治医からの宿題で、 「“良い子”じゃないという事は一体何なのであろうか」 と言う事を考えるように言われている。 期限は金曜日夕方の電話診察の時までである。 これからの時間、じっくり考えてみたい。 観念的で難しいが、きっとそれが 少しは自分を責め苛み、傷つける行為を 和らげるような気がする。 ぐっすりと眠れた後は、 こころがいつもより落ち着いている。 昨日はきちんとお薬の服用をしていなかった為、 精神的にぼろぼろであり、 ずっと独り言で「辛い・・・辛い・・・。」と 呟いているような状態であった。 でも今は、ゆったりとしている。 これから、コンビニへ食べ物を買いに行き、 朝の食事が始まるまでの間、 主治医からの“宿題”について 思いを廻らせようと想っている。 毎日こんな深夜まで眠り続ける事には やはり罪悪感を隠せないが、 偶には自分に甘くして ゆっくり眠ろうと想っている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.04.06 02:50:18
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