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カテゴリ:抑うつ感
精神的に具合が悪くなると、
すぐ体調に現れるようになった。 昨夜、スーパーでの買い物途中、 気分が悪くなり、 立っているのもやっとだった。 家に帰り着いた後、 日中のお薬を服用したら お蒲団に倒れこみ、 4時間ほど眠っていた。 それで少しは楽になったので ブログを綴ろうと想ったら、 PCが起動画面で固まったのである。 Ctrl+Alt+Deleteで 再起動させようと想っても 如何にもならないので 強制終了させて何度か 試したが、それでも固まるので セーフモードで立ち上げて システムの修復を行なった。 すると、起動のたびにエラーが 表示される。 これは本格的にネットで調べて 対処しなければならないと想ったが、 もうそんな気力は残っていないので 未だ対処できていない。 今の所はこうしてブログが綴れるだけでも 構わないと想っている。 しかし、傍にPCについて詳しい人が いないと言う事は 本当に心細い。 金曜日は、電話診察の日であった。 そこでは様々な事に気付き、発見した。 『甘え』と『依存』について はっきりとした区別が 出来なくて曖昧な感じがしていたのであるが、 主治医曰く、 「役に立たないものに縋るという事が依存だよ。」 と言う事であった。 その役に立たないものとは、 アルコール、薬物、去ってしまった人等が挙げられる。 そして、 「“甘える”と言う言葉は否定的に捉えられるから “委ねる”と言う言葉の方が良いね。」 とも仰っていた。 そして、個人が個人に対して 委ねるのは無理な話で、 信頼できる人々と築き上げた世界に 身を委ねるという事が 治療には必要なのである。 しかし私は、子どもの頃から 築き上げられた世界を信頼できず 安心感も無かった為、 身を委ねる術が分からなかった。 けれども、この摂食障害が 媒介となって世界に委ねる術を その自然な姿勢を取り戻していくのであろうと 感じている。 そして、私のように甘えられない、委ねられない事が 依存へと走らせるのであろう。 例えばそれは過食して吐く事に 執着していたり、 『氷』という 身体を冷やし、体調を悪くするものにも 依存してしまうのであろう。 また、愚痴を言う事と弱味を見せる事は異なる。 愚痴を言うのは、独りの世界である。 弱味を見せる事は、 そこに『関係』が成立する。 1人1人のラインが繋がって ネットとなり、その世界に 身を委ねるという事が、 大切なのである。 私は、生活の中で 変化がある事を恐れている。 毎日、同じリズムの中で 自分が組み立てたスケジュール通り 行動できないと、忽ち不安になる。 けれども、変化があるという事に希望を持たねばならない。 今の自分のように頑なである事が 治癒を遅らせてしまうのである。 自由度が高いとは即ち『自在である』 と言う事である。 『自在でない』とはつまり、頑なである と言う事である。 こだわりばかりで包まれた世界に居ると、 『0か100か』と言う思考に縛られる。 少しでも『自在である』と言う姿勢が、 治療の構えである事を忘れてはならない。 この『自在である』と言う言葉は どうやら主治医のマイブームであるらしい。 これから流行らせたいと お茶目に仰っていた。 『自由』には、かなり縛られる部分がある。 また、奔放すぎて否定的なイメージもある。 でも、自在であるのは 精神的に可能性が広がっていく感じがする。 その可能性の中に希望が見出せれば 進歩に繋がるのではないであろうか。 まだ、身体の調子が悪い。 座っていても眩暈がして、しんどい。 氷ばかり食べて身体を冷やし続け、 何ヶ月もお腹を下している状態が 続いているからであろう。 また、栄養不足による貧血も否めない。 もう少しゆったりと過ごして、 金曜日に主治医から与えられた 沢山の言葉を咀嚼して 自分なりに考えを深めていきたいものである。 そして、眠りの世界に身を委ね、 こころに余裕を持たせたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.04.14 21:28:38
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