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カテゴリ:想い
精神が安定している時は
睡眠も持続する。 勿論、眠剤を服用しなければ 寝付けないし眠りも続かない。 しかし、精神が不安定であると お薬を服用しても 寝付けないし、眠り続ける事も 出来ない。 私はPMSでもあるので 1ヶ月の内2週間位、 不安定になって眠れなくなるし それによって苛々して 自傷したくなってしまう。 困ったものである。 いつの間にか 夜眠って朝起きる習慣が 身に付いていたが、 本当に不思議である。 きっかけとなる出来事は 何となくあったように想う。 その時までは、 夜に過食と嘔吐をする事を 避けていた。 1日1回までにしなければならない という自分で作った規則の下、 「食べて良いのは朝だけ」 にしていた。 けれどもある日、 PMSの症状がとても酷く、 訳も無く苛々している自分に もっと腹が立って苛々して、 その想いが過食と嘔吐へと 向かわせた。 夜、無我夢中でその行為に走り 全てが終わった後、ぐったりした。 そうしたら、そのまま朝方まで 眠っていたのである。 一旦破った規則は、もう元には戻らず、 『夜、過食して嘔吐。そしてお薬を服用して眠る。』 という状態になった。 3時までしか眠れなかったのも、 4時となり5時となり 今では6時半頃1度目覚めて ニュースをチェックした後、 8時頃まで夢現でいる。 完全に目覚めた後、 カクテルを作って ちびちび飲みながら 氷をガリガリ食べている。 記してみると決して健康的な 生活ではない。 しかし、こうした変化も 『充分な睡眠を得る』 という事に繋がったので 全てが悪いという訳ではないのであろう。 木曜日は、母の仕事が 1週間の中で1番忙しい日である。 朝は9時半には家を出て、 昼食を摂る暇も無く 14時まで様々な所でお仕事をする。 そして一旦家に帰ってきて 簡単につまめるサンドウィッチ等の 食事をして一寸した用を済ませた後 また直ぐ出て行く。 夕方からのお仕事は 1時間で沢山のお料理を作らねばならず その後、身体介助の為に また違う場所へ向かう。 帰宅するのは18時40分過ぎである。 この様に木曜日は 夕方、沢山の料理をする為、 家で夕飯を作る気になれないらしい。 特に最近どんどん暑くなってきているから 食欲も湧かないと言う。 だから凄く心配になる。 訪問介護のお仕事は 精神的にも体力的にも ハードなお仕事である。 年々痩せていく母を見ていると 居た堪れなくなる。 私という厄介者が、 病気である私がいる為に 母はハードな仕事をしなければならない。 本当に申し訳ないと感じている。 だから、病を癒すべく それを目標に生きねばならない。 昔は母の事が恐ろしく、 傍にいるだけでびくびくしていた。 いつも見張られているような気がして 家でも緊張して過ごしていた。 けれども、今は違う。 訪問介護というお仕事の 内容を想うと、とても尊いものだと感じる。 それを生業としている母の事を 私はとても尊敬している。 母は、中学生の頃 作文で『将来の夢』は “家政婦かお手伝いさん” と記したと聴いた。 少し形は違うものの、 『奉仕の気持ち』が強いのであろう。 母には元から温かさに溢れている事を 今強く感じている。 子どもの頃には感じられなかった想いを 抱いている。 偶に、お互い疲れてしまって 険悪な空気が流れる事もあるが、 翌日になればその空気はどこかへ吹き飛んでいる。 過去の事に拘泥しない そんな性格の母で助かっている。 母が居るから、生きていける。 古傷はまだ癒されていないけれど、 いつか、時間の流れと 小さな希望を持っている事で こころが洗われていく事を信じたい。 過去と今を区別して考えるのは やめてみようと想う。 時間は常に流れている訳であり、 途切れてはいない。 過去、母が酷く恐くて打擲を受けた事も 今の母が温かいこころで癒してくれる事も 繋がっているものなのである。 人が変わったのではない。 私も、病気になる要素が 生まれた頃から沢山体内に抱いていた為に 患うべきして患った病なのかも知れない。 突然変わった訳ではないのであるから。 こうして生きている状態に起こっているのは 『こころが揺れている』という事である。 その揺れ幅によって、臨機応変を 適応させられたら少しは 生き易くなるのかも知れない。 全てに於いて感謝の気持ちを 忘れない事・・・それを念頭に置いて 揺れに身を任せて生きてみようと想った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.06.08 12:45:06
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