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凍えたココロ

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2007.06.09
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カテゴリ:抑うつ感
気付けば家の中では

俯いている事が多い。

ぼんやりと

焦点の合わない目で

ぐったりと椅子の背凭れに

身体を預け

何も考えられない。







眠気があるのに、眠れない。

そんなサイクルが

始まった気がする。

眠れないものだから、

食べ始める。

食べて食べて、排出する。


そしてより深く

暗い所へ心が沈んでいく。







『気の持ちよう』

どうにかなるのであれば

どれだけ幸せであろうか。

苦しいと、何か楽しい事を

考えようとしても出来ない。

きっと、小さな喜び等も

見落としているのかも知れない。

「気楽に考えよう」

努力をしても、

すぐ挫けてしまう脆弱なこころを

とても悔しく想う。

そして『僻み』や『妬み』等ネガティブな思考で

あらゆる可能性が閉ざされてしまう。


そんな想いを抱く自分が

大嫌いである。







漠然とした不安が

余りにも大き過ぎて

手に負えない。

部屋で俯いている私を見た母は

何かと心配してくれて

ありがたい気持ちと

申し訳ない気持ちが

綯い交ぜになる。

心配を掛けたくなくて

話しかけてくれた時は

笑顔で応じる。

でも何処かで無理をしている。

無理をしている事もきっと

母は見破っているのかも知れない。







この私の『生命』

自分1人のものではない。

この想いに辿り着くまでは

かなり寄り道をしたように想う。

「私の命なんだから好きにして良いでしょう。

 こんな苦しい病気に毎日煩わされる位なら

 死んだほうがマシだ。」


といつも想っていた。

無論、私が死んでしまったら

遺された家族や親族のこころを

哀しみの底に追いやってしまう事は

分かっていた。

けれども、どうしても辛くて仕方が無かった。

だから何度も死のうとしたけれど、

今はこうして生きている。

自殺未遂をした私のことを

見棄てないでいてくれた

母や主治医、カウンセラーに対して

感謝の気持ちで一杯である。

生きているのを感じる事で

自分は1人ではない、

自分の命は自分だけのものではない


確信したのである。







母の子宮の中に

私の命が芽生えた時、

きっと母は喜んだであろう。

子宮の中から私が動いているのを

感じる度に幸せを感じたのであろう。

それらは、母子手帳を見て分かった。

定期的に産婦人科で検診を受けていた事、

胎動を感じた時期を記していた事。


その字が何となく嬉しそうに感じられた。

人間の赤ちゃんは、

決して1人では生きていけない。

泣く事で空腹や不快感や寂しさを主張し

それらの要求を母が応えてくれたから

生きられたのである。

泣いてもお腹を満たすものを与えられなかったり

抱っこしてもらって安心感を得られなかったり

したら、生き延びられなかった。

この時点で問題になるのは

『虐待』であるが、この件について

今は敢えて触れないでいようと想う。

私が虐待を受け始めたのは

3~4歳の頃からだったからである。

兎に角人間は、赤ん坊のときに

何も出来ない。

それでも生きているのは、

赤ん坊の頃、母親又は母親に代わる保護者が

大切に育ててくれたからであろう。

ただ、ある程度育つと

親なしでも生きられるという事実はある。

寧ろ、親がいない子どもほど強いのである。

この件もまたいつか機会があれば記したい。







話が逸れてしまった。

私1人の命ではない事。

だから蔑ろにしてはならない事。

これらは胸に刻んでおきたい。







けれど、私は毎日

自分の身体を傷つけている。

過食と嘔吐による代償は

大きい。途轍もなく大きい。

精神的にも体力的にも

力が殺ぎ落とされてしまう。

そんなフラフラの身体で

私はまた過食と嘔吐の為に

毎日スーパーへ買い物に行く。

虚しいけれど、仕方が無い。

それが『病気』なのであるから。

しかし、それだけでは済まされない

苦い感情はこころに蔓延っている。

生きるって、何故こんなにも

辛いものなのであろうか。








何故か今日は物凄く

落ち込んでいた。

そんな私を心配してか、

母が仕事の合間に

電話を掛けてきてくれた。

母の声を聴いたら安心した。

こころの揺れも

受け容れようと想えた。

過食と嘔吐の回数が増えてしまって

凄くしんどかったけれど、

偶にはこんな日もあると

受け流したいものである。

唯、その時感じた想いは

大切にしなければならないであろう。







夕方、スーパーへの道々。

俯いてばかりだった私は

ちょっと立ち止まり

大きく深呼吸して空を見上げた。

優しく柔らかな空色だった。

段々と夏の日差しに

近付いていくのを感じる。

夕陽も眩しかった。そして温かかった。

辛苦の中にいると、

何も見えなくなってしまうが、

空を見上げた事で、何だかこころが

すっきりとしてリセットされた感じもした。

この瞬間瞬間に感じることを大切にして

生きるヒントを得たいものである。





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Last updated  2007.06.09 21:04:32
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