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カテゴリ:想い
文月が始まった。
1年の半分が 終わった訳であり 夏も本番と なってくる。 私は、 夏が苦手である。 暑くて汗をかくのが 厭だというのもあるけれど、 14歳の時 摂食障害を 発症するきっかけとなる ダイエットを始めたのが 夏だったから という理由もある。 あの頃は、自分が 拒食症になっていたのも 気付けなかった。 ただ、体重の数値が 減っていく事だけを 生き甲斐にしていた。 1ヵ月半で10kg位 痩せたのを覚えている。 やがて秋を迎える頃には 過食と嘔吐を 繰り返すようになって、 止める事が出来なかった。 母に幾ら注意されたり 叱られたりしても、 気持ち悪くなるまで 食べて、食べて、食べて 吐いた。 時には食べ物を隠されて 酷く苛々したり 1人でキレたりしていた。 漸くこれが“病気”だという事に 気付き、精神科を 受診できたのは 16歳か17歳の頃 であったように想う。 しかし病気だと 分かっても、 家族など周りの人たちは 当然の如く無理解で 高校の友達には ひた隠しにしていたものである。 いくら摂食障害であっても、 それを理由に勉強を怠るのは 赦せなかったので、 いつも勉強したり本を読んだりして 高校生の頃の成績は 学年でもクラスでも いつも1位か2位であった。 私が誇れるのはそれだけであった。 成績が良いという事で、 母にも褒められるし 教師たちの評判も良い。 病気で苦しんでいる事なんて 誰にも話せず、 ただ、かなり痩せていたので 他のクラスの人達には 病弱らしいと言う噂が 飛び交っていた。 「優秀である事。」 「良い子である事。」 これらに自分が 生きていて良いという理由を 見出していたように想う。 今は、もう良い子ではない。 そう想っていた。 だからなのか、 「今、自分が生きていても良い」 という意味が見出せないでいる。 生きている価値を見出せない。 母と接する時は どうしても癖が抜けず どんなに苦しくても 平気なフリをしてしまう事が多い。 ただ、 「もう私は死ぬしかないんだ。」 という想いで こころ全てを覆われてしまった時は、 母に甘えて泣けるようになった。 「苦しい、辛い。」 と言えるようになり、 うつの症状が出て ぐったりとなり動けない時は 母も察してくれて 側に来て抱き締めてくれる。 これはとても嬉しい事である。 けれども、時々母に対して 「恐いな・・・。」 と想う時もある。 それは、母の機嫌が悪い時である。 そんな時、母は何だか 苛々しているし、 物を乱暴に扱う事がある。 溜息ばかり吐いて夕飯を食べず、 私と視線を合わそうともせず 話す事をも拒み 早い時間にさっさと眠ってしまう。 理由は分かっている。 母は疲れているのである。 そんな時、私の緩慢な動きや 何も出来ない状態を見ると 苛々もするであろうし、 腹立たしくも想うであろう。 そんな時、私は不安感から身が竦む。 何か母に対して 気に障ることをしていないだろうかと 考えたり なるべく機嫌を窺うようにして 接したりする。 この弱腰な態度こそ 母の逆鱗に触れるのかも知れない。 でも、子どもの頃の恐い母を どうしても想い出してしまって、 なるべく刺激しないよう 下手下手にでて ぎこちない微笑を顔に浮かべながら 接する事しか出来ない。 そうしても母の疲れが取れて 苛々がなくなるなんて事は 無いと分かっていても このような態度をとってしまう。 どんどん“不安”ばかりが 増してしまうからであろう。 人間同士の付き合いなので、 幾ら親子といえども 時に噛み合わない事もある。 その時々によって 機嫌や心身の調子は違う。 けれど、私は臨機応変が 苦手なのでどうしても 裏目に出てしまう。 幼い頃からの癖で 卑屈になってしまう事もある。 悪い癖であるが、簡単には 抜けないものだと痛感している。 閑話休題。 最近、水分を こまめに摂る様にしている。 昨年の夏は、多分 1日に2リットルの ミネラルウォーターか 麦茶を飲んでいた。 ただ、今とは生活のリズムが 違っているので、 そんなに沢山飲めないが、 1リットルは摂取するよう 心掛けている。 また、腹筋やストレッチも 再開して 下腹がぽこりと出ていたのも 余り気にならなくなった。 これから少しずつ 腹筋などの回数を増やして 前の体型に戻したい。 水分をこまめに摂ると、 浮腫みも少しずつ解消されている。 便秘も全くない。 それは良いが、私は起床した後 インターネットで色々調べ物を しながら 恒例となっているカクテルを 少しだけ飲んでいる。 「飲まなきゃやっていられない。」 という下らない言い訳がある。 でも本音である。 意識がはっきりしていて 現実を目の当たりに感じ考え 悩み続けると 気分がどうしても堕ちていってしまう。 堕ちたら堕ちたで それを受け容れたら良いのに、 まだ私にはその度量がなくて 逃げてしまう。 これはどうにかしたいと想う。 文月。何だか美しい響きで 好きである。 私が産まれたのは如月である。 単に1月・2月・・・と言うよりも、 日本古来の言葉で表記すると 何となく趣深く感じられる。 また、その語源を調べるのも楽しい。 私の両親は共に高卒で 父は余り頭が良いほうではなく ただ、数字に関しては強い。 母は、英語と美術が得意である。 また、運動神経が抜群に良い。 美術系での母の美的センスや 絵の上手さ、色使いには感嘆する。 私はそんな、両親の素晴らしい所、 欲しかった才能は受け継げなくて どれも平均的な感じで ずば抜けている所はない。 ただ、家族の誰よりも本を沢山 読んでいたので、 『言葉』や『本』『物語』は とても大好きである。 本が好きになったのはきっと、 私が幼い頃、母が毎日 絵本を読み聞かせしてくれたからだと 想っている。 数字に強くなくても、 母ほどに絵が上手でなくても 私は母から愛情と言う形で 趣味となった『読書』を 大切にしたいと想った。 今年の残り半分、 きっと同じ事の繰り返しに なるかも知れないが、 少しずつでも変化したり 前へと歩む事ができれば 良いなと考えた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.07.01 21:37:05
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