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凍えたココロ

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2007.10.30
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朝からずっと、

頭の中やこころの中が、

スプーンか何かで

ぐちゃぐちゃに

掻き回されているような

気分だった。







“苛々”という言葉では

言い尽くせない感情が

自分を支配していた。

本も読めない。漫画も読めない。

眠れない。食べるのも面倒。

息をしているだけでも、しんどい。


という状態で、只管

時間が経過していくのを感じていた。







まるで、筋肉痛のように

土曜日、食事会に行った時の

疲労や疲弊が今頃になって

“酷い抑うつ状態”

となって現れた。

主治医は、これも年齢の所為だと

仰っていた。

無論、食事会の席で私は、

半ば解離していた。

スライドショウのように、

1つの場面が切り替わるようにしか

思い出せない。

連続性が、無い。

私が住んでいる県の性質柄、

“他人を容易く受け容れない”

という部分がある。

妹は、やがて多分、

新しい家族が出来るという事になるので

相手側も妹を受け容れようとしていた。

けれど、私は余り関係ない。

おまけみたいなものである。

弟は、妹の彼氏や

その妹さんの旦那さんと

仲良くなれるといった順応性があるので

積極的に会話をしていた。

その他の時間は、子ども好きな弟らしく

姪っ子や妹さんの子ども2人の

遊び相手をしていた。

私はただ、

食べたり、吐いたり、

お酒を飲んだりしていただけである。

勿論、質問には笑顔で答えた。

食事が終わった後は皆さん

沢山お酒を飲んでいたので

私もそれに倣って飲んでいた。

だが、疎外感を覚えた。

会話に付いていけないけれど、

雰囲気を壊さない為に

笑顔でいなければならない。

自分に無理を強いていた。

だから今、死にたいほどに

疲れているのかも知れない。







主治医の電話診察を

受診する日だったので

電話を掛けた。

今日は直ぐに繋がった。

前回は30分ほど後に

掛け直す事になったので

ちょっと時間潰しが難しかった。

主治医によると、

「この抑うつ状態は1週間は続くと想うよ。

 丁度、月経前という事も重なっている

 みたいだし・・・。」


という事であった。

それは、辛い。

そして、

「抑うつ状態になっているという事を

 情けないと想わなくて良い。

 仕方の無い事なんだから。」


と仰った。

私はどうしても、自分が動けなくなると

己を責めて、悪罵を浴びせてしまう。

「なんて情けないんだ」と。

でも、これはテンションを上げ過ぎた反動だと

理解している。

本当に、致し方ない事である。

助言として主治医は、

「もしも、そういう場に出なければならない場合は、

 “しんどい”という感覚を持ったまま

 しんどいなりに動いたらいい。

 そうすれば、1晩寝たら回復するよ。

 勿論、無表情で過ごすんじゃなくて、

 柔らかく笑顔を作ったり、

 軽い微笑みで返事をしたりという

 演技は大切。」


という事を教えて下さった。

不器用な私は、いつもいつも

極端にテンションを上げたり

必要が無くなったら下がったりしている。

それでは身もこころも

ぼろぼろになってしまう。

解離するのも、若い頃なら

スッと出来てスッと戻れたけれど、

今は時間のずれが起こっているから

疲れるのであろう。







また、食事会からの帰り

コンビニに寄って帰路につく時、

千鳥足になった私の手を

母がずっと握っていてくれた事を

主治医に話した。

主治医は凄く喜んでいた。

「それは素晴らしいハプニングだよ。」

との事であった。

その手のぬくもりを決して

忘れてはいけないと仰った。

無論、忘れる訳が無い。

私は本当に嬉しかったのである。

そういった、ハプニングが起こって、

それらを経ていく事で

病気が治っていくのであろう。







閑話休題。

過去の私も、今の私も、

私である。

勿論、変化しているし、

少しかもしれないが

広がりのある成長も

しているであろう。

そして私は、35kgを

きっていた頃の自分を

否定しない。

あの頃はあの頃で

必死になって生きていた。

大学生の時、健康管理センターでの

お薬の処方で、メジャートランキライザーの

薬漬け状態になった事がある。

その副作用で

少し太ってしまった自分も

否定しない。

醜かったけれど、それも自分であるから。

今の自分を否定したくなる時がある。

けれども、今までの私を

経てきたから、今の自分が在る事を

忘れてはならないと想う。

その連続性を、酷い抑うつ状態によって

堪忍袋の緒を解き

死を選ぶのは違和感がある。

摂食障害を生きてきた自分。

そこから学ぶ事柄はまだまだある。

弱かった自分を否定しても

何も始まらない。

だから私は、過去から学びながら

今を生きる必要があるのだろう。







あの日、夜風は冷たかったけれど

しっかり握った母の手は

とてもとても温かかった。

こころがホッと安心するのを感じた。

周囲が慌しく動く中、

私は何も出来ず、食べて吐いて眠るといった

自堕落を絵に書いたような

生活を送っていて哀しくなるが、

いつか病気が治る事を信じて

生きるしかない。

主治医の言葉通り、

病気はチャンスであり、病気になれなくて

問題を抱えたまま生きねばならない人もいる。

だからこのチャンスを私は活かして

やがてこの今の状態も

実直に語れるようになりたいと想う。

成長という、こころの広がりを

大切にしながら生きていきたい。





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Last updated  2007.10.30 21:13:17
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