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2007.11.16
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棄ててしまえば、

楽になるものもあるだろう。

抱いているから、

苦しくなるのであろう。

でも私は、棄てずに抱いて

生きていく。

言わずもがな無駄なものは

切り裂き、棄てるが。

私は辛酸を嘗める事も

覚悟した上で命を繋ぐ。

こころの成長を望むからである。







様々に現れる症状は

勿論辛く苦しいけれど、

今はその時期なのだと想っている。

ぼんやりと煙草を吹かしながら

窓から空を見ていると、

病気の事が頭に浮かぶ。

摂食障害やうつ病。

バイポーラや強迫神経症など。

それらの症状が一気に襲い来ると

私は為す術がない。

精神の病気とは闘うものでは

ないのであるから。

闘って治すものではないと

私は考えているのであるから。


きちんと自分と向かい合ったり

こころが成長するよう過ごしたりして

来るべき時期を迎えたら

治るものなのではないであろうか。 

こころの成長なくして

病気は治らないし、

何も知らない他人に何のかの

非難されて治る筈がない。

だから私は、信頼の置ける人の言葉を

感謝して受け容れる。








主治医の言葉は、大きい。

専門家であるという事に加えて、

患者の立場に近い場所で

一緒に物事を考えて下さる。

“摂食障害について、共に研究していく”

というスタンスである。

摂食障害の症状がどうこうと

話す事は少ない。

専ら、【こころの動き】について

話し合っている。

以前のハプニングから、

私はトラウマを背負った。

“トラウマ=恐怖感”

という公式が成り立つ。

恐怖感が強く、暫く私は

電話診察の為に病院へ電話を

掛けるという事が怖かった。

その場合、

“電話を掛けない”

という方法で回避するしかなかった。

それに関して私は、

「電話を掛けることすら出来ないなんて

 なんて情けないんだろう。」

と自分を責め続けた。

しかし、主治医が強調したのは、

「回避するのは無力ではない。」

という事であった。

“恐怖”という感覚は、こころの中で

大きい部分を占めている。

それを克服する為には“回避”から

始まるのである。

そしてそれは決して“無力”ではない。








恐怖を感じると、昔の私は

“解離”していた。

こころの感覚が鈍くなり、

哀しみも怖さも、楽しささえも遠くなる。

自分が一体何物なのかも

分からなくなった。

だがこれも、防衛反応の1つである。

また、回避・・・。これだけに

なってしまうと、

どんどん世界が狭くなっていくという

マイナス面がある。

ここで大切なのは、

“不安感、恐怖感を抱くこころを大切にする”

という事ではないであろうか。

不安感があるから、安心感を

よりいっそう深く得られるのである。

安心感は、こころを穏やかにする。

不安感、恐怖感そして安心感を

明確化していく作業こそ大切だと想う。







数年前、今よりずっと具合が悪かった頃。

その頃の私は、こころの中が

ぐちゃぐちゃだった。

不安なのか、怖いのか、安心しているのか

掴む事すら出来なかった。

直ぐに過食や嘔吐に逃げたり、

アルコールを大量に飲んだり、

リストカットをしたりしていた。

そうする事で、全てを誤魔化していた。

何も感じたくなかった。

そういう気持ちが大きかった。

様々な感覚をこころで感じ取れなかった。

つまり些細な刺激で

直ぐ解離状態に陥っていた。

だが多分、今はその状態から少しずつ

脱け出していると想う。


不安を感じ、恐怖を感じる。

喜びを感じたり、楽しさを感じたりする事もある。

寂しさ、哀しさ、安心感も覚える。

こうして、

【人間本来の感覚】

を取り戻していくことが、

治療の一環となっているのであろう。







不安を感じるのは、厭なものである。

心細いし、哀しい。

辛くなり、落ち着けなくなる。

だが、不安を感じられるからこそ

安心感を得られるのなら

それを大事な感覚として

受け容れるべきなのであろう。

「今は寂しいんだ。」

「今は怖いんだ。」

「今は不安なんだ。」

という風に、その瞬間、刹那にあるものを

“意識”にあげる事が大切である。

そして、

“そこにある”

と確認する。これは決して、

“コントロールする”

という事ではない。


無論、人道的に人と接する際は

自分の感情をコントロールするべきである。

自分の気分で相手を振り回す事は

相手に厭な想いをさせたり、

自分も後に自己嫌悪に陥ったりする。

でも、自分の中で起こっている

病気に関係する感情を、

特にこころの根底にある

大切なものをコントロールするのは

病気の完治から遠ざかる事になると想う。

私は普段の感情を、抑える傾向にある。

特に母が疲れている時は

辛くても笑って接したり

哀しくても何でもない振りをしたりする。

でも、母と共にこの病を

考えていく上で

こうした動きはマイナスに働く。

倫理観は大切にして、

でも、母子ならではの関係を

築いていく事。

それを模索していきたいものである。







毎日1杯飲む、ブラッディメアリー。

この名前の由来は怖いけれど、

味はとてもスッキリとしている。

美しく、醒める様な緋色。

眺めているだけでこころが

わくわくしてくる。

ウォッカベースで作っているが、

今あるウォッカが無くなったら、

テキーラベースで作るつもりである。

このカクテルは、BARによって

野菜スティックと共に

出てくる所もあるらしい。

最近、甘いカクテルを飲めなくなったから

シェイカーも振っていない。

機会があればこのカクテルも

シェイカーで作ってみようと考えている。

辛い事とか、哀しい事。

苦しい事や、虚しい事。

それらが胸の中で暴れ、

苦しみを覚える事の全てが

病気の所為ではないと想う。

今の私が、少し病気の影響を受け

それらを強く感じている

状態なのである。

私は病気である事に、間違いはない。

そしてそれは、努力や気合などで

治るものではない。

自分の考え方などが、治したい気持ちへと

強まっていった時に、

治癒への足掛かりが見つかるのであろう。

それにはまた、パワーが必要である。

現在はまだ、その力を貯めている

準備期間だと考えている。

外出する事さえ怖いけれど、

自分のペースで治す道を

見つけたいものである。





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Last updated  2007.11.16 22:13:27
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