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2007.11.23
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カテゴリ:平穏

あかぎれが、本格的なものに

なってしまった。

右手第三指の第二関節は

2箇所ほどパクリと

割れている。

第五指も、切れている。

あと、肌荒れも酷い。

ケアを怠っている所為である。

手を洗う度に、冷たい水が

傷に沁みる。

食器を洗う事が多いのと

去年までは地下水を使用していたのに

今年からは水道水になったからであろう。

荒れ方が大人になってから一番酷い。

子どもの頃は、毎年しもやけになり

指が真っ赤に膨れ上がり、その上切れていた。

それに比べればマシだけれど、

やはり物悲しいものである。

どこかに痛みがあると、

少し苛々する事があるので

スキンケアくらいは女性として

きちんとしたいものである。







ただただ、夕方まで眠り続けていた。

眠る事によって

何とか自分を

保っている部分がある。








糖分補給をする事により

何とか眠剤服用後の

過食と嘔吐を避けられている。

衝動がない訳ではない。

眠気が中々訪れない際は、

いつまでもいつまでも

「食べたい、食べたい。」

という想いが身体中を包む。

眠気が何よりも勝るまで

お蒲団の中で丸くなって待つ。

読書などをして頭を働かせると、

やけに頭が冴えてしまう場合も

ある事を知った。

今日もまた、ゆっくりと

眠る事ができて安心した。







睡眠は充分にとれたけれど、

ずっと悪夢を見ていた。

現実味があるような無いような

不思議な夢だったけれど、

ずっと苦痛を感じていた。

楽しい夢を見ている時は

すぐ醒めてしまうのに、

悪夢は中々醒めない。

そして醒めてからも暫く気分が悪い。

不思議なものである。







勤労感謝の日であったが、

母のお仕事は

土日祝日、盆暮れ正月

関係なくお仕事がある。

火曜日だけがお休みである。

だから元日からお仕事という

年もある。

今日は母に対する感謝の意が

一入であったが、

行動で示す事ができなかった。

妹は、彼氏と共に

母がいつも飲んでいるビールを

プレゼントしていた。

私は何も出来ない。でも、

渡すのは明日になるかもしれないが、

母にお手紙を書こうと想う。

感謝の念をこめて。







朝の私は、傍から見れば惨憺たる光景の中にいる。

朝陽の光を浴びながら、

黙々と食べ物を口に運ぶ。

胃の限界が訪れるまで。

何か音がないと心細いので、

観ないけれどTVはつけている。

凄惨なニュースの模様が流れ、

コメンテーターが何かを喋る

声が聞こえる。

その意味を汲み取れない。

私は食べる事に集中しているからである。

こうしてブログを綴っている時でさえ、

色々と気が散って

キーボードを打つ指を休め

詩集を読んだり、暖をとったりする。

母と話す為に部屋を出る事もある。

しかし、過食をしている時は

周りが見えなくなる。


無我夢中というか、一心不乱というか・・・。

胃の限界だけを考えて、

只管黙々と食べ続ける。

別に早く食べていないし、

滅茶苦茶に、手当り次第

食べている訳でもない。

頭の中で、次は何を食べるか計算して、

レンジで温めたり、調理したりする。

しかしその様は悲惨を極める。

自分でやっていて、客観的に自分を見ると

いつもそう想う。

でも、自分が可哀想だとか

そんな事は決して想わない。

自らが選んだ道なのであるから、

仕方のない事である。







仕方のない事だとは言っても、

諦めている訳ではない。


こころの中に潜む、

ブラックホールのように

全てを吸い込んでしまいそうな

“無力感”

これから逃れる為の手段が、

私にとっては“過食と嘔吐”なのである。

食べている間、無我夢中だから

無力感からは離れていられる。

無力感について一度考え始めると、

それに付随している

寂しさ、哀しみ、辛さ、苦しみetc...

忽ち溢れ出すのである。

そうなると手に負えない。

私はそれらの感情に茫然自失となり

立ち尽くすしか術はない。

そういった感情は、

鼻の奥がつんと痛くなるような、

胸の奥がざわめくような

感じを伴う。

また、飲み込まれると

己の無力感が身に沁みる。







健康な人も、無力感を抱えている。

病気を患っている人と違うのは、

それに囚われないようにする為の

方法が“健康的”なのである。

スポーツによって発散させたり、

勉学に打ち込んだり、

音楽を聴いたり、ドライブをしたりと

各々が“好きな事”をして

無力感という引力の強い

哀しみから離れている。

しかし私の場合は、“食べて吐く”という事で

無力感から脱け出そうとしている。

それは多分、生きているだけで

そこに身体の半分が埋まっていて、

一番早い手段で脱け出す為に

側にある食べ物に依存しているのであろう。







それが分かったのなら、

自分のペースで少しずつ、

食べ物以外の方法で脱出する術を

考える事が大切だと想う。


今の私にとっては、食べたり吐いたりする事が

こころを宥める為の、

一種のお薬みたいになっている。

しかし、この行動はいつか変えられる筈である。

焦って探しても、しっくりと合うものは

見つからないであろう。

そしてうつ病で動けないのに

無理して行動を起こしたら

また病状が悪化してしまう可能性も否めない。

様々な病気が絡み合っている今は、

少しずつ緩い所から紐解いていくしかない。

緩い所から解す事で、

案外きつく絡まってしまった部分も

するりと解ける場合も無きにしも非ずだと

いう旨の事を、主治医は仰っていた。

それを信じたいと想っている。







とはいえども、

病気に甘んじてばかりでは

いけないと自分を律する。

朝、眠剤を服用した後

過食と嘔吐をしないように

しているのも、

瑣末な努力である。

勿論、成功しない事もある。

【苦しいのだったら、楽になりたいのだったら、

 過食と嘔吐が待っている。】


今は少しだけこころに余裕があるから、

それに虚しさを感じるのである。

切羽詰っていて抑うつ状態にあり、

こころが乱気流に巻き込まれている

状態であったら、

私は楽になるために食べるであろう。

まだ大丈夫だと想える時期は、

なるべくその手段は使いたくない。

また、過食と嘔吐という行為に走ったら、

その瞬間は楽になれるかもしれないが、

後々苦しみが待っている。

後悔や自己嫌悪、己を責め苛む気持ちが

膨らみ始める。

「何が何でも食べたい・・・。」

という気持ちを乗り越え、

スッと眠る事ができた日は、

幾分こころもすっきりしている。

だから、

【睡眠は如何に大切か】

という事が切実に分かる。

睡眠もまた、無力感から

脱け出す方法なのかも知れない。

だから大切にしたいものである。







朝陽はあんなに燦々と眩しく

辺りを温かく照らしているのに

私はその陽だまりの中

何をやっているのだろうと、ふと我に返る。

薄い緑色のカーテン越しに、

空は青く雲は真っ白で

冷たい空気の中さぞ清々しい朝なんだろうと

想いを巡らせるが、すぐにその意識は遮断され

目の前にある食べ物に取り憑かれる。

「苦しいのなら食べなければいい。」

「最初から止めておけばいいのに。」

と想う事もあるけれど、

そうしないと私は無力感に飲み込まれるのである。

それは即ち“死”を意味している。

無力感から脱け出す気力をも失った時こそ、

私の命が尽きる時なのである。

自分のペースやスタンスで、

過食と嘔吐以外の形による

無力感からの脱出を考えねばならない。

また、その方法が実践できるように

なりつつあれば、

私の病気は寛解を迎えるのであろう。

ただ、摂食障害は治っても、

他にも様々な病を患っているので

まだまだ油断は出来ない。

こころにゆとりを持たせる事は

忘れないようにしたいものである。





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Last updated  2007.11.23 22:14:53
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