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凍えたココロ

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2008.03.05
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カテゴリ:想い

どこまでも愚かな人間であり

救いようがない自分。

情けなくて、駄目な人間であり

愚かである。

生きているだけで申し訳ないという

気持ちが溢れて、

私は今日もそしてきっと明日も、

鬱屈とした気持ちで過ごす。







ハプニングとして嬉しかったのは、

買い物帰り、妹達と会えた事である。


母と私がリカーショップから出て来た所に、

妹が旦那さんの大きなクラシック車を颯爽と運転をして

現れたのである。

エンジン音が低音でよく響くので

すぐ分かった。

駐車場に停めた車から、姪っ子が飛び降りて

私の元へ走ってきた。

少し屈んで姪っ子を抱きしめると、

そのまま私の身体に絡みついたので

抱き上げた。

以前、抱っこした時よりも重くなっていて

姪っ子の成長を感じた。

寒い夜だったけれど、抱いていると温かくて

そのまま色んなお話をしていた。

引っ越し先で、どんな風に過ごしているのか、

2階があるお家はどんな感じか、

一生懸命私に話してくれた。

その間、母は妹や旦那さんと話していたが、

5分位経った頃、姪っ子を抱いていた私の腕に

限界が来たので下ろした。

真冬でもミニスカートに裸足でブーツだった

姪っ子も、最近レギンスを買ってもらったらしく、

それがお気に入りで今日もミニにレギンスという

ファッションで可愛らしかった。

妹のファッションセンスが良いので、

姪っ子はいつもお洒落である。

思い起こしてみれば、私が子どもの頃

ミニスカートを穿いた事はなかったし、

ブーツを履いた事もなかった。

今は可愛いファッションの子が多いなあと

つくづく感じる。

その後も、母と妹達との話は

長引いていたので、姪っ子と色々遊んだ。

もうスーパーもリカーショップも閉店時間に

近かったので、駐車場にある車が

殆どなかった為、少し走る遊びをした。

姪っ子は馬の真似が出来るんだといって

「パカラッ、パカラッ、パカラッ・・・」

と言いながら、スキップのような走り方をする

その姿が何とも愛らしかった。

「お姉ちゃんも一緒にやろう!!」

と誘われたので、真似をして走ったが

細やかな指摘を受けて、姪っ子が納得のいく

走りが出来るまでやり直しが続き、

息が切れてしまった。

でも子どもと無邪気に遊ぶ時間は楽しく、

何でも全力で楽しむ姪っ子と一緒にいると

元気を分けてもらえた気がした。

【無邪気さを忘れないという事】

これもまた、大事だと考える。







1日中、気分が塞いでいる。

何もかもが面倒で、怠くて仕方が無い。

起きている間はずっと

【罪悪感】そして【無力感】に覆われている。

主治医によると、これは

「トラウマのプロセスの中で、凍りついた

 緊張状態にあるから」


という事である。

火曜日、トラウマについてその自然なプロセスと

それによってどういう風な変化をしていくかという

話を聴いたり、話し合ったりした。

大切なのは、

“トラウマの自然なプロセスをどう辿るか。

 最終的な段階を経て、どうやって離れていくか。

 そして、究極的には

 トラウマによって【身構えている】状態を

 どう解くか”


という事である。

主治医からは、私の場合こじれにこじれてしまっているので

直ぐにはトラウマからは離れられないと

言い渡された。

それには納得している。

しかし怪我をした際、その傷が治るのに

様々な過程があるように、

こころの傷にも治るまで様々な反応を示す。

その必然性があるからだ。

外傷も、酷い怪我で内側は治らず未だ膿んでいるのに

皮膚だけ再生して赤黒くなってしまったら

傷跡は酷く残り、治らない事がある。

外科ではその際、その傷跡を再切開して

綺麗な傷を創り、膿をきちんと出して綺麗にして

傷が塞ぐまで見守る。

そういった過程が、トラウマが治るのにも

必要なのである。

こころは切ったり貼ったりできないから

信頼の置ける専門家との話し合いの中で

傷の手当をしていく。

それには時間がかかる。

だから、焦らずにやっていきたい。







2日位前から、睡眠のリズムが変わった。

その前から夜中に1時間ほど眠ってしまう事は

あったけれど、今は朝も7時前から8時半頃まで

すやすやと眠ってしまっている。

眠る気はないのに、しんどいなと想って

身体を横たえていると

いつの間にか眠っているのである。

眠った分、心身の疲れが取れて

良いのかも知れないが、

今までと違うスタンスに馴染めない。

今までは、6時にシャワーを浴びて

7時前頃から読書を始め、

そこからポツリポツリと食べ物を食べ始める。

そして過食が始まり、嘔吐して眠るという感じだった。

眠る時間は11時前で、18時までは眠れるので

丁度良い感じだったのである。

しかし朝、眠るようになってからは

自分が勝手に組み立てたスケジュールが狂い始めた。

だから、朝に過食をする事も本当はしんどいし

面倒なのに無理矢理やっているから

ストレスとなっているし、

その後シャワーを浴びると物凄く疲弊する。

調子が狂っている事で胃の具合も悪く、

逆流性胃炎の症状が顕著に出ている。

去年の今頃、私のこころは悲痛の叫びをあげていた。

いつも、いつも自然に身近に居た

妹の大親友が亡くなったという事。

それはショックだという言葉だけでは

言い表せないほど、哀しくて苦しかった。

その頃の想いが今、溢れて止まらない。

この事を綴ると止まらなくなるので

此処でとどめたい。

ただ、いつまでもKちゃんという存在は

関わった皆のこころの中に生きているのは

事実である。







摂食障害の症状が酷くなってきているのをつぶさに感じる。

否、一度食べられるものが出来たと

喜んでいたところ、突然それらを

受け付けられなくなってきたから

唯、後戻りしてしまっただけなのかも知れない。

でも、ぬか喜びほど虚しいものは無いと感じた。

「母さんと一緒なら、固形の食べ物でも食べられるようになった。」

そう、喜んでいた。

しかし、うつ状態が酷くなってからは

たとえ食べるのを少量に抑えていても、

水を沢山飲んで胃に入れた食べ物を

吐き出すようになっている。

最近まで、水曜日だけは

母と共にドラマ『相棒』をゆっくり観て、

その後は大好きな『斉藤さん』があるので

食べるものはごく少量で抑えられていた。

勿論、今日も。

けれどもどうした事か、胃の不快感、異物感に

耐えられなかった。また、

「食べたものを消化したら太ってしまう」

という想いが強くなってきたので

水を沢山飲んで吐き出し、胃を空っぽにした。

私のこころも空っぽだ。

だからなのか、『斉藤さん』を余り集中して

観る事ができなかった。

でも勿論、感動したシーンもある。

斉藤さんのポリシーや強い想い。

人を思い遣る気持ち。

それを貫き通せる強さ。

けれども、もしかしたら夫の赴任先へ

引っ越さねばならないという展開になり

悩んでいる。

ただ、極の立場にいた三上さんと

少しだけこころが通じていたシーンは

印象的だった。

でも三上さんは最後に斉藤さんに対して

「昔の自分を見ているようで苛々するの」

と言った。

だから、極の立場にあると言っても

N極とS極は1つの磁石の中にいたら

他の方向を指してしまうけれど、

別の磁石となれば引き合うのだから、

彼女達はきっと深いところで理解し合えるのではないかと

感じた。

もっと印象的だったのは、

物凄く心細くて不安な時に、誰か頼れる人がいるという

その温かさ
である。

私は現在、突然ピンチに陥っても

直ぐに助けを求められる人は居ない。

病気の症状が酷くなってパニックを起こしても

自分で何とかするしかないし、

血を吐いても家に誰もいなければ

やはり自分でどうにかしければならない。

たとえ家族でも、未だに頼り方や甘え方が分からない。

私は罪悪感と自己嫌悪の塊だからだろう。

仕方ない。







夜、姪っ子を抱っこしていた時の事。

彼女の温かさと重みを感じながら

お話をしているとき、

「生きているとはこういう事なんだ。」

そう、ふと感じた。

私は、自分の命などよりも、家族の方が大切だと想っている。

姪っ子は最近歯痛に悩まされているようで

それを聞いただけで胸が痛くなる。

私も歯痛は厭だけど、鎮痛剤を沢山服用できるのだから

姪っ子の痛みを分かち合えたらと想った。

祖父母を含める家族の誰かが亡くなるくらいなら

私が代わりたい。

私こそ、何の価値もない人間なのだから。

しかし残酷な事に、八百万の何かの神様は

大切な人の命を奪っていく。

私は起床したときにいつも問うている。

「また、私は生きてしまった。

 こんな私が生きていていいのか」と。

でも、母が私を必要としている限りは

自殺という手段だけはなるべく選ばず

生きていたいと想う。





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Last updated  2008.03.06 01:45:13
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