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カテゴリ:日常
母の車では、弟が忘れていった MDの音楽が流れている。 買い物の帰りや本屋へ行く時など 母の車に乗った際、そのMDを 聴いている。 そのジャンルは“レゲエ”である。 所謂“ジャパレゲ”というものであろうか。 動画音楽サイトでよく聴くようになった。 私はすっかり“ジャパレゲ”の虜になったようだ。 最初に家でレゲエミュージックを流したのは 妹である。4年位前であった。 そしてそれを弟が好きになってそればかり 聴くようになり、 今頃になって私も好きになった。 あのリズムが何とも言えず 沈んだこころを持ち上げてくれるのである。 曲によって何を唄っているのか分からない部分もあるが、 面白い歌詞もある。 ただずっとずっと 「最適だ最適だ最適だ・・・!快適だ快適だ快適だ・・・!」 と唄っている部分を聴いていると、 何だか固まったこころも解れるから不思議である。 久し振りに、たっぷりと眠った。 いつもなら、夜中の過食と嘔吐を終えて シャワーを浴び、その後読書をする。 しかし、シャワーを浴びた後 余りにも怠かったので身体を横たえたら そのまま2時間半ほど眠っていた。 もう、起き上がるのもしんどかったし、 起きてしまうと朝もまた、過食と嘔吐を する事は分かっていたので そのまま眠り続けた。 「スーパーへ行く時間まで眠っていよう」 と想っていたけれど、 14時頃、トイレへ行く為に目が覚めた。 そこでそのまま、またお蒲団に入ればよかったのに、 ホットミルクティーを飲みながら一服をした。 すると、何だか眠れなくなってしまって、 苛々し始め、結局過食が始まった。 起きている状態ではあったけれど、 半ば眠くて頭はぼんやりしていたから 早く終わらせて、また眠ったら、 気付けば18時を過ぎていた。 睡眠時間はたっぷり取れたけれど、 まだまだ眠かった。 春の陽気が、きっと私に「眠れ眠れ」と 休息を促しているのかも知れない。 お陰で、精神的に少しは楽になっている。 ぼんやりと煙草を吸いながら、その煙を見ていたら、 本当に色がついているんだなあと感じた。 よく、煙草の煙は“紫煙”と表現されるが、 煙草の先端から立ち上る細い煙は、 本当に青っぽい色をしているのである。 「身体には悪いけれど、綺麗だなあ」 そう感じながら、煙草を吸う。 何にも考えずに。厭な事もこころの隅に追いやって。 でも、小さなトラブルに悩まされる。 それは主にPCの事である。 昨日は何度もフリーズしてしまい、 2度ほど強制終了させてしまった。 そして今日、Windows Updateが 自動更新になっているので それを行なったら、文字の入力がおかしくなり、 Enterキーを押すと、入力した文字が コピーされて連続して出てくるのである。 仕様がないので再起動したら、 直ったのでホッとしたが・・・。 ちょっとした事で、凄く緊張する。 「また壊れるのではないか。また再セットアップという 状況に陥るのではないか」 そういった不安が膨れ上がる。 PCを扱っている時くらい、リラックスしたいものである。 些細な事で、落ち込む。気分が堕ちると病症が酷く出る。 暗い顔をしていると母が心配するから なるべく笑っていようと心掛けているが、 どうしても、自分の様々な病気について 考え始めると 奈落の底に落ちるような感覚を味わう。 そして、這い上がる気力など、もうない。 落ち着いていた頃は、1日2回の過食と嘔吐で 済んでいたけれど、 最近は3回になっているし、 常にこの世界から消えてしまいたいという 願望が消えない。 大好きなドラマも、来週最終回を迎えるので 楽しみが殆どなくなる。 ぽっかりとこころに新たな穴が 開いてしまう事が目に見えている。 けれど、それでも生きねばならない。 【生きねばならない】という想いが、 重く圧し掛かっている。 だから、楽しみがなくなったと嘆くだけではなく、 また新たな楽しみを見つける努力はしたい。 そうすれば、生活に張りが出るかも知れないから。 生きるのが辛い、苦しいと感じて落ち込んでも 時間が経てば前を向ける。 考えてみれば、妹の結婚式だって4月にあるし その4月は桜が満開になる時期でもある。 仄暗い方向ばかりに目を向けるのではなく、 楽しい事もあるのだと考えていきたい。 ドラマ『斉藤さん』を観た。いつもの力強い斉藤さんが 活躍していたけれど、彼女の弱さも感じた。 こころから信頼できる友達が出来たのに、 夫の都合で南アフリカへ引っ越さねばならなくなった事。 そして、そのこころから信頼できる真野さんに 中々言い出せない事。 そこには、【別れの辛さ、哀しみ】があり、 斉藤さんは今までになかったその想いを 強く感じているのであろう。 竹を割ったような性格の斉藤さんも、 親友と書いて“マブダチ”の真野さんには 別れが言い出せないという苦しみを感じ 過ごしていたが、 心にも無い酷い事を言って突き放す事によって、 別れを告げるという不器用なやり方に、 斉藤さんの人間らしさと弱さを感じた。 弱さと言っても悪い意味では決して無い。 確固とした信念の元生きてきた中で (ドラマの中で私が感じた事ではあるが) 此処まで仲良くなったのは真野さんだけだったからこそ 別れを告げられなかったのではないか。 だから、突き放して自分が嫌われる事で さようならをしようとしたのであろう。 でも、それは余りにも哀しすぎる。 しかし強い人だからこそ、 大好きな人に対して 別れの哀しみを見せたくないから 自分からわざと嫌われる言葉を 言ってしまうかも知れない。 最終回はどうなるか。 楽しみである。 夕飯は、母の手作りお好み焼きだった。 ドラマ『相棒』を観ながら、 私はそれを過食と嘔吐という行動には したくなかったのでほんの少し食べるだけに 止めておいた。 関西風のお好み焼きであった。 タネには、長芋を摩り下ろしたものを入れるので 焼き上げると“ふわっとろっもちっ”という感じになる。 大好きなキャベツがたっぷり入っていて嬉しかった。 具は他に豚肉とちくわだけというシンプルな ものだったけれど、凄く美味しかった。 私は豚肉は食べなかったけれど 美味しく頂けた。腹三分で丁度良い感じである。 やはり、冷凍食品のお好み焼きよりも 母の手作りの方が断然美味しい。 頂く前に、母はビール、私は発泡酒で 乾杯をした。 「お疲れ様でした。いつもありがとう」 乾杯の際、私がいつも欠かさず言う言葉である。 心なしか母の表情が綻ぶ気がする。 いつも負担ばかりかけているが、 こうして2人で過ごす事によって 母とのバランスが保てているのかも知れない。 水曜日以外は大概何かを食べると過食に繋がるが それでも、母と過ごす時間を持ちたいと想っている。 他愛ないお喋りができる、唯一の時間であるから。 夜中に過食と嘔吐をして、また朝も同じ事をする。 私はこれに対して辟易している。 でも強迫行為となっているので無理をしてでも やっている自分がいる。 しかし、週に1度は余りにも身体が疲れてしまっていて 夜中の過食と嘔吐が終わった後、服薬して横たわると そのまま2時間ほど眠り続ける事がある。 そうなると、起きる事自体面倒になるので 過食を免れる事ができる。 また、その分睡眠時間を増やせる。 眠る事がどれだけ大切かを痛感する。 現に、今は昨日のように酷い抑うつ感はない。 うつ状態であるのには違いないけれど、 今すぐに自分を消そうとは想わない。 睡眠を大切にして、こころに余裕を持って過ごす事。 これらを大切にしたいものである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.03.12 23:45:58
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