Flight 93 と 私の9・11
家族のいない独立記念日。ぼんやりTVを観ていたら、なんと今年4月に公開されたばかりのこの映画がもうTVにお目見えしていて、びっくり。早速観ることに。(あとでわかったが、これはTV用映画で、4月に公開されたものはこれの劇場版だった。)最初観るべきか迷った。というのも、この日のことを思い出すとまだちょっとドキドキするから。私には墜落した一連の飛行機の犠牲者や軍関係の親戚・友人・関係者もいない。NYに住んでいる友人もいない。それでもあの日は本当にショックを受けた日だった。こんな私でさえまだこんな感じだから、あの事件の関係者はみなトラウマになっていることだろう。しかも、つい最近小説「沈まぬ太陽」全5巻を読んだばかり。ますます飛行機に乗るのが怖くなっていた矢先のこの映画。(この小説のことはまた改めて書くとして、)本当に観ようかどうしようか迷った。でも、怖いもの観たさというか、戦争をするこの国に住むものとして、そんな状況に陥ったらどうしたらいいかを観ておくべきかもと思ったというか、とにかく勇気を出して見ることに。あらすじはご存知だと思うので詳細は省くが、2001年9月11日テロ目的でハイジャックされた4機のうち、最後に墜落したユナイテッド43便に乗っていた乗客・乗員の勇気ある行動(ターゲットに落とさないためにテロリストに立ち向かった)を描いたもの。あの日ドキドキしながら見ていた映像が映し出される。あの日私はどうしていたかというと、朝、歯磨きしていて、天気予報でもチェックしようかと朝はめったにつけないTVをその日に限ってつけた。するとワールドトレードセンターから立ち上る黒い煙。映画?でもなんか映像がぼやけてて望遠レンズで撮ってるみたいだから、ドキュメンタリー?でもこれ本物の映像っぽいな。ライブ?と段々現実のこととわかってくる。急いで旦那を呼んだ。それは一機目が突っ込んだ直後の映像だった。事故かと思ったがなんか様子が変。とにかく遅刻するからと会社へ急ぐ。車中ラジオで聞いていたらどうやらハイジャック機らしい。すると2機目も突っ込んだとの報。会社へ到着すると職場には個人の机にTVがどこからか持ち込まれており、前には人だかりが。30人くらいはいた。2機ともツインタワーに突っ込むということは、これはお金目的とかのハイジャックとかいうより、明らかに「攻撃」だ、と誰もが胸の中で思っていた。そのとおり、画面には「America Under Attack」と字幕が出ている。これは真珠湾攻撃にも使われた表現。もう仕事なんて手につかない。なんせそのTVの場所は私のデスクの隣の隣。2機目が突っ込む映像が映し出されるたび、Oh! Oh, No!! と大勢でどよめき、あらゆるコメントが飛び出すので、仕事なんてできるわけない。多分本当はいい(?)上司ならこんなとき「今は仕事の時間だ。こんな衝撃的なニュースを見ていると心がかき乱されるし、仕事をしなければならない人の迷惑にもなるから、消しなさい。」というべきだろう。でも、一番上の上司までそこに集まって食い入るように見ている。彼は元軍人。だからこんなときリザーブとしてお国に呼ばれる可能性もなきにしもあらずなんだそうだ。でも、だからって、やはり一緒に見ているべきではない。集まっているみんなを散らばらせることができるのは彼だけなんだから。広いフロアでここだけTVつけていて、私は「戦争する国に住むっていうのはこういうことなんだ。いつ攻撃を受けてもおかしくない、そして身近な人が戦争に行くかもしれないってことなんだ。アメリカが一番軍事力のある国だなんて言ったって、こんな方法を使えばいくらでもアメリカの心臓部を攻撃できるんだ。どうしよう。戦争になったらどうしよう。特に私なんか外国人だから日本に「疎開」したくても出国禁止とかになっちゃうんだろうか…」と、止め処なく悪いほうへ悪いほうへと思考が流れていく。胸と胃が緊張と恐怖の入り混じった感情でぎゅ―っと締め付けられて、まず、水を飲むことに。そして通路の反対側へ行くとTVなんかはないので、みな黙々と仕事をしている。まるでそんな辛いニュースはあとで見ればいい、今は忘れて仕事、と思っているがごとく。それが本当だよね、こんなときは。「あっちはTVがついていてどきどきする」といったら、同僚の女の子(アメリカ人)が「そうよね。ジェフ(一番上の上司)も消せって言えばいいのに。電話で会議している人もいるでしょうに。じゃあ、こっちに空いてるデスクがあるから、こっちで仕事しなさいよ。」と言ってくれた。それで、PCを持ってそちら側に移動。でもまださっきの映像が頭から離れない。そのうちまたどよめきが。ペンタゴンにも墜落とのニュースが入ったからだ。いたたまれず、自分の上司(日本人)に相談。「あの…怖くて動悸がするんです。TVを見ている人の声も聞こえるし仕事もできません。誰かにTVを消すように言ってもらえないでしょうか?」 ことなかれ主義の上司だったので、「まー、しょうがないでしょうねえ。アメリカの国の一大事ですから。アメリカ人が見たいなら見させないと。ジェフも軍人だったしねえ、それに見ている人の中には家族や友人が軍人だったり、NYにすんでいる人もいるでしょうから、心配なんでしょう。」「それはわかりますが、この広いフロアでTVがついているのはあそこだけなんです。ほかの人は見ないでちゃんと仕事しています。もしTVを消すのが無理なら、とてもじゃないですが、仕事はできないので、今日は帰ってもいいですか?」「ご家族かなにかに軍関係の方いるんですか?」 「いませんが」「じゃあ、だめですね。どうしても帰りたいなら有休をとってください」…。もう、閉口。この上司は鍵のかかる個室にオフィスがあるので、全くTVの音やどよめきは聞こえないのだ。きっと「怖いだ?何を甘いことを」くらいにしか思っていなかったのだろう。用事があったので、また自分の本当のデスクに戻る。ついているのでやはり見てしまう。するとまもなく見ていた人たちから「あああああーーー!」「Oh noooooo!」「おおおおお!」「Oh, my god.....」「Oh, god. Oh, god...!!」という叫び声が。私も「あっ!!」と口から出たが、その後はもう今見ている光景がただただ信じられず、沈黙に変わった。ツインタワーが崩壊した瞬間だった。いつか行ってみたいと思っていたNY。そしてアメリカの誇る高層ビル、ツインタワー。それが目の前でなくなってしまった。ますます気持ち悪くなり、吐き気がしてきた。すがるような目でジェフを見てみた。でも、いよいよ彼、そしてアメリカ人たちの目は悲壮なものに。誰も泣いてはいなかったが、誰もがショックと、これから来るであろう戦争とに、恐怖を感じながらその場で固まっていた。もう何も誰にもいえなくなり、とにかく通路の向こう側へ戻って仕事することに。なんとかお昼になり、キャフェテリアへ行くと、なんとそこにもいつもないTVが運びこまれていて、何度も何度も繰り返し崩壊の様子が流れる。4機目も落ちたとのこと。とてもじゃないが、そんな状況でおいしくランチを食べられるわけがない。デスクに戻り、仕事しながら食べる。でももちろんあまり喉を通らず、味なんてわからない。さすがに午後になったら、TVのボリュームを絞ってくれた。そして、誰かが言ってくれたようで、もう人だかりはなくなっていた。でもTVがついているのに変わりはないので私は終日通路の向こう側にいることに。どうにか仕事を終え、それでも4時ごろに早退。家に帰ると旦那が「今日は憂鬱な一日だった」と一言。 ツインタワーには上ったこともあるし、屋上で写真をとったこともあるそうだ。と、長くなったが、私の9・11体験はこんなところ。もっともっと後日談はあるが、ここでやめておく。さて、この4機目はユナイテッドだ。私にはユナイテッドの元フライトアテンダントだった友人Y(アメリカ人)がいる。彼女はなんとこの日NYにいた。NY行き・発のフライトによく乗るのでNYには第2のアパートもあるほど。そのアパートはグラウンド・ゼロからは遠いがマンハッタンにある。朝起きてニュースで墜落を知り、窓からみたら遠くに煙が見えたそうだ。そしてFlight93に乗っていたのが仲のいい同僚AのルームメイトBで、同じアパートに住んでいて、何度も会ったこともあるそう。なんとAとBはこの日乗る便を偶然交換し、空港で「じゃあねー」と別れたそうだ。だから、AがYに泣きながら言うことには「あのとき交換していなければ死んだのは私だったの」と。亡くなったBのご家族がその後アパートに遺品の整理にきたとき、Aは立ち合わなければならず、とても辛かったと。Yはあの日、ニュースを見て即家族(LAにいる)に電話をかけたが繋がらず、今度はボーイフレンド(同じくLAにいる)にかける。やはり繋がらない。何度も何度もかけてやっと一度だけつながった。そして家族の電話も知っている彼に「私は大丈夫だから心配しないでと家族に伝えて!」とだけ言って切った。NYは交通麻痺状態。翌日、郊外にある友人のご両親の家に泊めてもらえることになり、NYを脱出。しばらくお世話になり、フライト再開と連絡があったのでアパートへ戻り待機。事件後初めて乗った機には7人しか乗客はおらず、「これは近々レイオフがあるな」と覚悟したそうだ。案の定レイオフになる。しかし、しばらくして客が戻ってくるようになり、レイオフになった人たちは呼び戻された。Yは言った。「あの日のことを思い出すと今でも泣いてしまうわ…」ハイジャックされて、自分はあのFlight93の乗客のように家族に別れの電話ができるだろうか。覚悟を決められるだろうか。テロに立ち向かっていこうと思うだろうか。最後に考えることはなんだろうか。アメリカという、飛行機移動が普通の国、戦争がいつでも起き得る国にいるものとして、あの映画を見ながらそう考えた。 星は、例外としてつけません。不謹慎な気がします。これは事実を淡々と追っていくタイプのあまり脚色のない話で、「映画」って感じではありませんでした。予告編を見た限りでは今度公開になるニコラス・ケイジ主演の「World Trade Center」のほうが「映画」的な映画になっていると思います。涙?…出ませんでしたね。何せ緊張してみていたので…。落ちるという結末がわかっているし。途中泣きながら家族に電話している人がいましたが、あれも涙を誘うというよりは緊張してみていただけでした。今後このような悲劇が起きないことを祈ります。