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ずっと心の中が何かが満たされない様な感覚。これが何か当初は分かりませんでした。
ただ目の前の事をがむしゃらにやる日々、手を抜かず結果を出していく所。変わらずやり続けました。 立ち止まり、一歩引いてみてみたら自分の中の何かが満たされない感覚が何かちょっとずづ分かってきました。 僕は人生という尺度で物事を見た事が無い事。 仕事は正直遊ぶ金があり、そこそこ稼げれば良いと思って就職先を決めた事。 一度しかない人生、本当に自分がやりたい事って何なんだろうか?という事。 当時20歳くらいだったと思いますが、恥ずかしながらその時に初めて考えました。 でもそんなの直ぐに見つかるはずもありません。仕事と寮の行き来、友達と遊ぶくらいの生活しかない中で、それが何なのかがずっと分かりませんでした。 そこから、ひょっとしたら会社を辞めて別の道を歩む事もあるかもしれない!と心のどこかで思いだしました。今の職場に何も不満はありませんし、むしろ仕事自体は非常に順調で良かったし、先輩方にも恵まれていました。給与も普通の人よりももらっていたと思いますし、ここにいれば正直将来安泰でした。 でも、ずっと引っ掛かる思い。そこで仕事はしながらも、ひょっとしたらとの所で、自分自身で決め、責任もってやっていく所だから、周りの人には迷惑が絶対にかからない様にしないといけないとはずっと思っていたので、そこからとりあえずお金だけはためておこうと思い、そこから家計簿を毎日付け、今月いくら貯金できたという感じで節約生活と貯金を始めました。 何かを探すために、いつもとは違うテレビ番組をみて、いつも買わない様な本を買って読み、色々な人の人生がどうおくっくているのか?、世の中にはどういう仕事がそもそも存在しているのか?資格ってどんなものがこの世に存在するのか?等を調べる様になりました。 そこで初めて気づいたのです。 『僕は人に関わる仕事がしたい』んだと! そこだけが分かりましたが、それがどういう仕事かはまだ見えませんでした。 ただ、この気持ちがひょっとしたら一過性のものではないか?という不安はあったので、自分の気持ちが変わらないかも含めて一年間経過を見ようと自分自身の中で決め、過ごしましたが、気持ちが変わる事は無かったです。 この悩み考え、自分自身について考え抜いたこの一年も本当に今となっては財産です。 色々人に関わる仕事で何がという所も考えたり、色々見に行ったり、本を読んだりしました。 そこで『作業療法士』を見つけました。 作業療法士について調べて知れば知るほど、やってみたいという気持ちが大きくなり、その気持ちが時間の経過と共に変化しない事も確認しました。 家計簿をつけ、お金をためながらも、このお世話になりまくっていた先輩方に十分に恩を返す事も出来ない中、今の僕ができる事って何だろうか?と考えました。 ここもしばらく悩みましたが、考えた末に僕が出した答えは 『1番の仕事を最後までやり続ける事』 『仕事が嫌だから辞めるのではなく、やりたい事が見つかったから辞める』とお世話になった先輩たちに証明する事。恩返しを少しでもできる様にする事。 そこからの僕は今まで以上に仕事を頑張りました。おそらく今までの1.5倍は頑張ったと思います。 まだ退職の事を言っていなかったので、頑張れば頑張る程、将来を期待され裏切る様な気持ちにさいなまれましたが頑張るしかないと思ってそこを貫きました。 気持ちが変わらないと悟った僕が、時間の経過と共にそろそろ先輩にカミングアウトしないといけない時が来ました、勇気を振り絞って『お話し良いですか?』と今まで思っていた胸のうち、いつからそう思い始めて、今まで何をしてきたか?を打ち明けました。 始めはかなりショックを隠し切れない感じでもありましたが、 『お前がそこまで考え抜いて出した結果だからとことんやれ、やるならそこで1番になれ』 『辞める前までに、一つ大花火を挙げて欲しい・花火とは何かは自分で考えろ』 でした。 もちろん、人生を掛けて道を変える事も分かっていました。こんな大企業は再度入ろうと思っても二度と戻る事なんてできませんし、将来の保証をある意味蹴っていく所。生半可は気持ちではありませんでした。絶対にやり抜くしやり通しますと誓いを自分自身で立てました。今でもその気持ちは当時から薄れる事なく変わっていません。 『花火ってなんだ?』と考えました。最初は考えても考えても花火が何かは分かりませんでした。 ただお世話になった先輩たちに何か為になり、残るものにしたいという気持ちだけはありました。 そこで悩みに悩んだ結果、僕が考えた花火は、安全対策を残す!というものでした。 製鉄所は決して安全な現場ではありません、機械に挟まれ・巻き込まれ・開口部に転落・転倒、切創等色々な危険が伴います。実際に僕がいた職場ではありませんが、労働災害もあり、死亡災害等も起こっていました。 僕が最後にお世話になった先輩方に残せる事。最後まで1.5倍の仕事をする事はもちろん、安全対策を強化し、場所場所での危険という認識を高めて、先輩たちにケガしてほしくない。という思いで、危険と思われる場所に立て看板の設置・ペンキを塗り危険個所が危険と分かる様にする。安全作業標準書の整備等を徹底的に行いました。 これで本当に良かったのか?そんなの先輩は途中では教えてくれません。ただ自分が思う花火を挙げる為に必死に行いました。 退職前に先輩から『花火ちゃんと挙げたね!』と言われた時には、涙が止まりませんでしたし、今でも思いかえすだけでいつでも泣けます。 その後、僕自身の次の人生に向けて動き出しました。 続く お知らせ いつも当Blogをご覧頂きありがとうございます!~仕事が気になる方、求職中の方はこちらから~ いきいきリハビリケア リクルート(求人)サイト ★会社案内(会社の事が気になった方はこちら)★ 〜いきいきリハビリケア公式サイト〜 ★いきいきリハビリケアの仲間もBlogを書いています★ ~スタッフ仲間のBlogはこちらから~ スタッフ仲間のBlog ★いきいきリハビリクリニックで内科・リハビリテーション科の診察・リハビリが出来ます★ ※90分のデイケアもあり個別対応でリハビリ出来る。 ~風邪や高血圧、膝痛・腰痛等で受診・リハビリ希望される方はこちら~ いきいきリハビリクリニックHP アクセスお待ちしております! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.08.07 23:10:15
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