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カテゴリ:テレビ番組
昨日英雄達の選択「征韓論危機」を観た。岩倉使節団(岩倉具視、大久保利通、伊藤博文ら)が欧州各国を視察旅行中、国内に残った明治の指導者達は、日本の新政府を認めようとしない朝鮮に腹を立て、西郷隆盛を使節として朝鮮に派遣することを決定していた。使節団が帰ってきて、それに反対したが覆ることはなく、両者の争いはし烈を極め三条太政大臣は緊張のあまり、一時的に意識をうしない倒れてしまった。そこで右大臣だった岩倉具視を代理太政大臣にして物事を決めていくことになり、決まっていた西郷の朝鮮使節は中止されることになった。このシナリオを描いたのは伊藤博文と言われている。西郷は使節として朝鮮に渡った時朝鮮が自分を殺したら大義名分が立ち戦争になって朝鮮を征服できると考えていたようだが、大久保や伊藤らは今は戦争する時ではなく、国内産業を発展させ、早く欧米列強に追いついて日本を近代国家にしなければならないと考えていたので、韓国との戦争はとんでもないことと考えていたので三条太政大臣が倒れたことは伊藤らにとっては好都合で彼らの主張を通すことが出来たのである。
伊藤博文は百姓の生まれで後に足軽にしてもらえたが貧乏な下級武士には変わりなかった。若い時松下村塾で学び、師匠の吉田松陰から「才劣り、学幼し、しかし性格は素直で華美になびかず私は好きだ」との言葉をいただいている。頭もよくないし学問もないが性格がよいので調停役として大成するのではないかと見なされていた。人たらしと言われるくらい人付き合いが上手で、井上薫や大久保利通、高杉晋作などに可愛がられ44才という歴代最年少で内閣総理大臣になっている。1909年ハルピン駅で朝鮮民族主義活動家の安重根に暗殺され68才の生涯を閉じているが先を見る目があり、理想を貫くために自分の我を捨てて多くの人と話し合って政治を行った稀代の政治家だったと思う。吉田松陰の門下生からは多くの俊才が世直しや政治部門で活躍したが最近の政治家は彼らよりかなり小粒に見える。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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