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2005年11月30日
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  < 西国巡礼中興の祖、悲運の天皇、「花山法皇」について >

 今回は、番外編として、西国三十三箇所巡礼を徳道上人以来
 270年ぶりに復興させた花山法皇のエピソード。

 968年に、此の世に生を受けた師貞親王(のちの花山法皇)は
 円融天皇の後を継いで、17歳で第六十五代天皇となったが
 わずか2年で退位し出家した。
 この悲劇は藤原氏の栄華を描いた「大鏡」に記されている。

 17歳の天皇は、叔父の藤原義懐(よしつね)らを重用、政治刷新を計る。
 まあ、どこにも敵対勢力はあるもので、藤原兼家は花山天皇を退位させ
 自分の孫にあたる「懐仁(つねひと)親王」を皇位につかせ
 自身が実権を握ろうと画策していた。

 この頃、天皇がもっとも愛していた弘徽殿女御(こうきでんのにょうご)が
 8ヶ月の身重の体で病に伏し、亡くなってしまった。
 激しく取り乱し、悩み悲しむ天皇に、藤原道兼は
 「愛しい弘徽殿女御さまの供養のために、天皇の位を退いて出家なさるのがいい」
 と口説き落とす。

 986年6月23日夜、道兼は「自分もお供して出家します」と
 言葉巧みに内裏から連れ出し、山科の元慶寺に送り込んで剃髪得度させた。
 しかし、道兼は剃髪の儀式を見届けるとすぐに退散した。

 花山天皇は、ここで初めて騙されたことに気付き悔しさと悲しさで号泣。
 先に最愛の女御を失い、信頼していた側近にも騙され皇位を失った
 19歳の花山法皇は、失意のどん底に陥った。 その後、幾人かの上人を
 伴って、西国巡礼に旅立ったといわれる。

 10代で愛する人を失い、感情が揺れ動いている天皇を、サラッと騙す藤原道兼
 花山法皇は40歳で亡くなるが、芸術家肌だったのか
 素晴らしい芸術品を遺す一方で
 花山法皇の奇行を描く「大鏡」「古事談」などがある。



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    ーーーーーーーーーー 追 記 ーーーーーーーーーー

  16番清水寺では、ライトアップ作戦による夜間拝観で人集めをしていますが

  期間は、3月下旬~4月中旬、8月14日~16日、11月中旬~12月上旬

  時間は、18:30~21:30、拝観料は400円。

  ホントに美しいライトアップ作戦、三重塔がまた綺麗綺麗。

  どうせなら、金銀の飾りを散りばめ、塔のてっぺんに星をつけて

  Xmasツリーなんて、どうでしょう? 夜間拝観もクリスマスまでどう?

  私は、かなり罰当たりなこと書いてますね、清水の舞台から飛び降ります(笑)。

  トップページにミニゲームを追加しました、暇つぶしにどうぞ。

  また、点数や時間は自己申告制で掲示板に書いてくれると面白いかも。


清水寺

「 晩秋の清水寺 」





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最終更新日  2005年11月30日 18時17分34秒
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