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一 夢 庵 風 流 日 記

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2008年03月14日
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カテゴリ:事件・災害
                    

「お父さん、お父さん、あの本取ってよ」
「あの本? こんなのうちにあったんだなあ」

啓太は背伸びをして本棚の上のほうに置いてある一冊の本を
手に取り、息子に手渡した。

「どうするんだ、この本」
「うん、学校の宿題で読書感想文を書くんだ、お父さん、ありがとう」

正午をまわった頃、息子が二階から足早に降りてきた。

「お父さん! クローバー、四葉のクローバー!」
「どうした、シロツメクサなら庭にたくさん咲いてるぞ」
「違う違う! 本から出てきたんだよ」
「えっ?!」

啓太の前にそっと差し出された息子の右手の上には、綺麗な
四葉の押し葉がのっていた。

(そういえば、この本・・・)

あのクローバー事件の約二ヵ月後のことだった。

図書係の文也がうれしそうに啓太のほうへ走り寄り、
一冊の本をぶっきらぼうに差し出した。

「啓太、おまえこの本読みたかったんだろ」
「あっ、うん、ありがとう! どうしたのこれ」
「今日、図書室に返ってきたんだ、オレ、まだ本の整理があるから」

(あのときの本・・・)

「ちょっと、その本を貸してごらん」

啓太は息子から手渡された本をパラパラとめくり、
最後のページに差し込まれている図書カードを抜き取った。

「五月二十二日 小林文也」
「五月二十九日 小林文也」
     ・
     ・
「七月 十七日 小林文也」 
「七月二十四日 矢島啓太」

(あいつ、オレに貸すまでずっと持っててくれたんだ)

啓太はクローバー事件のあとから、ぎくしゃくしたふたりの仲が
快方に向かった二ヶ月の間、自分のためにずっと、この本を借りて
いてくれた文也の心遣いがいたいほど胸にしみた。

啓太は四葉の押し葉を和紙に包み、胸のポケットにしまった。

「お父さん、午後からキャッチボールの約束でしょ」
「うん、そうだったな」

ツクツクボウシの声が響き渡る原っぱに着いたふたりは、
キャッチボールをはじめた。

何球目だっただろうか・・・

「あっ! お父さん、ごめん」

小さな白い花の咲く緑の絨毯の上で一休みしているノーコン
ピッチャーの投げた白球は、啓太を懐かしい場所に招待した。

「シロツメクサ・・・」

啓太は胸のポケットから四葉の押し葉を丁寧に取り出し、
シロツメクサが生い茂る緑の海原にそっと沈めた。

「お父さ~ん、早く早く」

息子が右手をぐるぐる回して呼んでいる。

朝方に降った雨がこしらえた小さないくつもの水たまりには、
真っ白な入道雲がゆらゆらと浮かんでいて、時の流れを操って
いるかのようだった。

ツクツクボウシの声がひときわ大きくなった。

今年の夏も、もう終わろうとしている。


完 缶 艦 寒 ぷっぽっ


*この短編小説を書いているとき、この曲
 頭の中を駆け巡っていました。


第一話「宿題」はこちら
第二話「レンゲ」はこちら
第三話「クローバー」はこちら
第四話「教室」はこちら


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最終更新日  2008年03月15日 09時25分36秒
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