主婦よ、裏切ったのかぁぁぁ? 夫がほくそ笑む!
1日1回、退社時にかかっていた主婦からの電話が、23日のアパート探しの同行以来、かかってこなくなった。物件探しで忙しいのか。もしかしたら、なかなかいい物件が見つからず、かといって夫の軍門に下るわけにもいかず、悩んでいるのかもしれない。そんなふうに私は推理した。いずれにしても彼女の生活だ。彼女に考え、行動させておこう。そう考え、私の方からは連絡しなかった。 もっとも、私は彼女の連絡先について、彼女の家、彼女の姉の家、派遣先の会社と、一応、電話番号は教えられていたのかも知れないが、どこかメモに走り書きした程度で、私の方からかけたことはこの時点で1度もなかった。もっぱら彼女の方からの連絡だった。 この日の夕方、夫から電話がかかってきた。いつもの、背伸びをしたような緊張感がない。それどころか、何かいいことがあったような雰囲気だ。「どうですか。ウチの女房は使えそうですか」「やってみなければわからないでしょう」「そりゃそうですよね、お世話様です。ふふふ」 こいつ、何リラックスしてるんだ。「ところで、女房の明日の予定をご存じですか?」「知りませんよ」「ほう。そうでしたか。仕事を一緒にするぐらいだから、てっきり、お互いのスケジュールぐらい押さえているのかと思いましたよ。そのへんの管理はなさらないのですか」「しませんね」 お前みたいにメールの盗み見や検閲なんて発想はないからな。「いや、万が一そういうことなら、ちょっとお耳に入れておいた方がいいかな、と思うことがありましてお電話したんですけどね」「何でしょう」「女房のやつ、明日、例のデザイナーさんと会うことになっているらしいですよ」「それは本当ですか」「ええ、夕べちょっと彼女の姉の家に電話したときに聞きましてね」 これはちょっと意外だった。私にも受け入れる準備や心構えというものがある。デザイナーと天秤にかけるような態度なら世話はしない、と彼女には断っておいたはずだ。適当な物件が見つからなかったので、私との話自体に展望を抱けなくなって、今度はデザイナーにも話を持ちかけたのかも知れない。そうか、それで電話がかかってこなくなったのか。それならそうと言ってくれたっていいんじゃないのか。私は彼女のドライさというか、無神経さというか、そんな一面を知らされたような気がして落胆した。「そうならそうと、言ってくれればいいのになあ」 私が独り言のように呟くと、夫はそこで“我が意を得たり”とばかりに「我々としてもですよ、この事態を放っておいていいということにはなりませんよ。男を踏み台にして渡り歩く。これはゆゆしきことですよね」 などと気勢を上げていた。 何が「我々」だ。こいつは、私が彼女に「裏切られた者」「利用されてポイされた者」になったことが嬉しかったのだ。で、そうなったからには、今度は自分と共闘して主婦を懲らしめませんか、と誘っているわけだ。 しかしなあ、夫よ。ちょっと考えろや。相手はお前の女房だろう。昨日までヤキモチを妬いていた男と「共闘」するという発想も、また、その人間に自分の女房の悪口を言うという態度も、ちょっとおかしいんじゃないのか。。だいいち、相手が変わっただけで、お前以外の男に彼女が接触を持っていることは変わらないんだぞ。お前がウキウキすることではないだろう。そのリラックスはおかしいぞ。 ただ、私もいささか彼女に対して不愉快な気持ちを抱いたのは確かだった。それに、何だかんだ言って夫に自分のスケジュールを知らせている彼女にも不信感も抱いた。 もしかしたら、彼女は最初から壮大なシナリオで私をからかっているのかもしれない。この夫も含めて、もう1度すべてを白紙にして懐疑的に検証してみる必要があるのではないか、と私は考えた。そうだ。そもそもこの2人の夫婦関係にしたって、私は彼女の側からしか言い分を聞いていない。これまでの動きは、デザイナーと駆け落ちでもするためのアリバイづくりという可能性もある。 いずれにしても、もう少し情報が欲しい。そこで、この夫からデザイナーのこと夫婦関係などをもう少し詳しく聞き出してはどうか、という考えに至り、「共闘」なるものについては、生返事で答え、とりあえず否定はしないでおいた。