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三田のいのしし 見て歩き日記

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2010年04月30日
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カテゴリ:観光・旅行

長年の夢であった角館と弘前のさくらが見られるとあって、家人と共に4月22日(木)兵庫県三田市からJRを乗り継ぎやって来ました。

結論的には残念ながら、さくらと我々にとってはあまりにもむごい天候でありました。
4月23日(金) 角館 終日雨交じり
4月24日(土) 弘前観光施設と弘前城  曇りのち晴れ 風が冷たし
4月25日(日) 弘前市内と弘前城     晴れ午後雨 冷たい強風が吹き荒れた。

これからみて頂きますように、観光の皆さんも共にこれまでに雑誌などに紹介されている角館や弘前城のあの満開の桜を頭に描いて歩きながら、現実の蕾の枝ぶりを前にして、はやる心を静めながらの1日であった事でしょうね。

1. 角 館
   1620年に芦名義勝公がこの地に城下町として、武家屋敷80戸と小か350戸を置き
   徳川幕府時代に秋田の佐竹藩の支藩となっても、この数はほとんどそのままで後世
     まで続いたそうです。
     特に武家屋敷はほとんどそのまま残って歴史の証明の役割を果たしているようです

   23日に 盛岡からJRで角館駅に着き、早速市内へ入りました。
   別報の如く駅前にカラ-のマンホ-ル蓋がお出迎えで、家人が早速”ほらマンホ-ル
     蓋よ”と注意を向けて貰いましたので撮影。

   るるぶなど事前情報が確りインプットされているらしい家人の足の向く方に話題の武
     家屋敷やさくらの写真スポットとして全国にその名が轟いている?檜木内川堤がある
     だろうと見定めて歩き続けました。

   (1) 武家屋敷とさくらを求めて歩き回る観光客達 この雨でもこんなに大勢が・・・
      武家屋敷を歩く人々
      角館の武家屋敷群の道をせめてもの観光スポットを求めて歩く観光客達。
      家人も痛む体を杖を頼りに歩いてくれた。
      一見の客である我々が見ても、桜の巨木、それも枝垂れ桜が多いので、満開 
      それも晴天で見られたら息を呑むような・・・見果てぬ夢 ワンラウンド!

      角館観光協会のHPより武家屋敷付近の桜
      武家屋敷の桜

  (2) 青柳家の見物  3,000坪の屋敷  ここは有料だった。
      秋田の藩主佐竹家の支藩、当地に於ける上級武家のお屋敷とその敷地がどん
          なものかと思い、見物させてもらいました。
      青柳家入り口
      3,000坪ってやはり広い。


      桜が無いとほかに見物の対象が無いので、皆さん思い思いに武家屋敷に廻り
           ましたが、我家はこの大きな武家屋敷、(且つ有料の場所)を選んではいりまし
           た。   
 
      いろいろ見物する家屋、蒐集物がこの敷地内に有りましたが少しだけ入館
      展示品
      素晴らしい蒐集品の展示が有りましたが、その印として、羽織袴。

      庭は広すぎて観光庭園風に手入れできないと見えて自然の佇まいでした。
      カタクリの花
      当地に多いと見られますカタクリの花など自然に咲いている感じでした。

      昔の米や雑穀・豆類などとゴミ・石ころなどを選別するト-ミ(唐箕と書くのでしょ
            うか?)
       ト-ミ
       民具などの展示コ-ナ-などの入り口で、風除け?がわりに?無造作の置か
             れておりましたト-ミ(唐箕でしょうね)
       我家にも昔はありましたので、どこで出会ってもこれは懐かしい。
       しっかり親父の手伝いで、風洞の風送りをしたことでした。

       武家屋敷地帯の特徴でしょうか、道路際には馬止めの穴の明いた石の杭?
        馬つなぎ石
       何回も何回もここで馬がご主人を待っていて、動きまわった事でしょうね。
        穴が丸まっておりますね。
           

   この後、お昼飯として関東風味で色の黒い汁の”なめこいり山菜そば”を食べて、か
      の有名な、写真スポットとしてここが一番と言われていた檜木内川堤へ歩いて廻り
      ました。

    堤の内側には屋台がズラ-と並んで設置されておりましたが、お店を開けているの
       は1/3ぐらいだったでしょうか。

    兎も角、檜木内川の土手に上がって、無念が黙々と沸いてきました。

    こんな感じで咲くんですね。
    角館観光協会の檜木内川紹介の写真です。
    檜木内川のさくら
    我々の写真では、こうも綺麗には撮影できませんが、JR角館駅にはこの風景の写
       真が、来客サ-ビスで置かれておりました。
     角館観光協会のサ-ビスだと思いましたが、デジカメでコピ-致しましたが、今一
       なので、直接角館観光協会のHPから写真お借りした次第です。
    あしからず。

    檜木内川の両岸、しかも、少なくともこちらの堤の桜は上の写真の如く堤の両端に
      桜の巨木みみっちり。

 
   4月末頃やっと見ごろでしょうね。

2.  弘前市と弘前城の桜
    弘前城は、当地を統一した津軽為信公によって慶長8年(1603年)に計画され、2
       代藩主信枚公によって慶長16年(1611年)完成して今日に間で続いているようで
       す。
       いわゆる山城ではないので、威容は感じられませんが、広大な敷地と多くの門、隅
      櫓などが今日の観光資源として存在しております。

   津軽為信公の像
   津軽為信公
   当地で随分敬愛されていると思われました。

   弘前城の風景
    (1) 先ずこんなに咲くんですよ・・・桜の花が無いのでがっかりする観光客ようサ-
            ビスとして大きな写真を展示
            弘前城の桜見本
       私のほかにもこの看板?の撮影者が居りました。 笑いながら・・・

      (2) 4月24.25日の城内の桜の現況
       ベストの開花
       天守閣のある広場入り口の枝垂桜の開花ぶり
       同じ思いでこの咲き具合を携帯などで撮影している方が多かった。

       その枝ぶり・・・満開の姿を想像したくもなりますね
       枝垂桜
       4月25日の姿 

       弘前城  写真スポット
       弘前城
       ここも桜の花は咲いていないが、人、人、人・・・

       隅櫓
       このお城は、5つの門と3つの櫓で構成されているようであり、この写真は
             未申櫓(ひつじさるの櫓)

        弘前城から見えるお岩木山
       お岩木山
       お岩木山が最も良く見える写真スポット
       お天気になっても相変わらず冷たい風、桜の花はなしで気勢の上がらない観
             光客達、このお岩木山の見える場所が人気でした。

    北門口のある四の丸には実に沢山の屋台がでておりましたし、人間様は観光気分
        満々でありますが、24,25日の雰囲気では丸々1日このお城で遊ぶ気分にはなり
        ません。
    

        25日は東門から退出致しました。
        東門と美女
        東門と弘前美女達

24.25日と2日に亘って大手門から入り城内を歩き回りましたが、天気の不安定さ、強風の環境で、桜の花を見る事が出来なかったので、明いた時間は弘前市内の美しい五重塔がある最勝院や弘前八幡宮に詣で笏谷石で出来ている弘前市重要文化財の狛犬の鑑賞、写真撮影などを試みました。

      






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最終更新日  2010年05月01日 13時09分59秒
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