ご案内
吉備津彦神社のある備前一宮駅からの眺め
11月13日(火) 晴のち曇りのち雨(観光中は無事)
岡山市北区吉備津と北区一宮にて
吉備津神社: 岡山市北区吉備津: 三備一宮(備前・備中・備後)
参道に立つ大灯篭
『』
ここから神社入り口までは両脇に松並木のある参道が続いておりますが、後で
ご紹介の吉備津彦神社と共に、静かなたたずまいが印象的でした。
参道の鳥居
大変簡素なたたずまいでした。
吉備津神社入り口階段
旧社務所のある別の入り口もある。400mの長い回廊が名物
国宝の「比翼入母屋造り」
本殿・拝殿は、入母屋造りが二つ並んでいる姿であり、室町時代食の代表建築
全国唯一
樹齢600年の大銀杏が立つ境内
七五三のお参りのご家族が三々五々この木の下を通り、秋のアクセントになって
おりました
大屋根を支える木組み;斗栱(ときょう)
「ます」を意味する「斗」と肘木を意味する「栱」、斗栱を2重3重に重ねることで
上に載せる木材を支え、固定できる仕組みで日本の古建築は成り立っている。
多くの神社建物はこの斗栱も白く塗られている例が多いが、ここのは生地がそのまま出ており、その木組がよく分かります。
時には、建物のこんな部分もご覧ください。楽しくなります。
唐破風下の懸魚
奥にかすかに見えると思いますが,笈型(おいがた)。
笈型とは大瓶束(つか)の左右に彫刻が付いたもので、構造と装飾を兼ねたものとあります
主に妻側に用いられている慣わしらとか。
境内は神域になっているお山の中腹にあるので、平地へ降りるには再び階段を下りることになります。
登るときに意識しなかった北隋神門(キタズイジンモン)
お寺の仁王門に相当すると言われている。
平地と境内の間に北隋神門(きたずいじんもん)のある中腹がある。
登る時にはあまり意識しなかったが、この北隋神門は御本殿右奥横にある「南隋神門」と並んで国の重要文化財である。
但し、その中にある「隋神」さんは、厳重な金網で保護されていて写真撮影が出来なかった。
本当に残念だった。
次に予定している吉備津彦神社へ移動するために、参道を再びJR吉備線吉備津駅へ戻った。
ハナヅルソウの赤い花
あちこちにその茎と葉が広がり、赤紫の花が目についた。
吉備津彦神社 備前一宮
JRを吉備線一駅岡山の方へ戻った備前一宮駅下車。
駅前で道路へ出ると、矢印があってすぐに吉備津彦神社とあった。
夫婦で、田舎で「すぐそこ」は、かなり遠いを意味しており、せめて徒歩○○mと
表示してほしいなあ・・・とブツブツ言いながら歩いた。
妻が身体障碍者で、遠いとこたえるので・・・
吉備津彦神社の鳥居
両脇には、珍しい備前焼の焼き物の狛犬が置かれていた。
備前焼きの狛犬
阿形・・・御本殿に向かって右側
岡山県の重要文化財の隋神門
※ 元禄10年、藩主池田綱政公が造営したとされている
ここでも隋神さんは、木組みの格子に保護されていたが、吉備津神社と異なり、
柱にしがみ付いてカメラを格子の間から差し込み撮影できた。
向かって左の隋神さん :豊磐窓命(とよいわまどのみこと)
向かって右側の隋神さん:櫛磐窓命(くしいわまどのみこと)
隋身門と隋神門について
多くの神社は、隋身門に隋身さんと表現されます。
吉備津神社や吉備津彦神社は、隋神門と表現しますので、その由来が分かりません。
御本殿:
HP「吉備津彦神社」さんからお借りしました
HP「吉備津彦神社」に吉備津彦神社の事が詳しく紹介されておりますから
興味のある方はクリックしてご覧願います。
拝殿の木組み:木鼻
神社仏閣の建築物には、このようなでっぱりが見られます。
釘止めがされなかった建物で、かつ、柱と柱の間に貫を通して強化する手法が
中国から導入されて、その貫が柱の外へ抜け出た部分を”木鼻”きばなと言った。
様々な形があり、象鼻、獏鼻・・・様々です。
神社やおみくじ、ご朱印帳など神社に参詣される楽しみも数えきれませんが、
このような木組みを眺めることも楽しいと思います。
この木鼻の彫刻は素晴らしいと感じました。
破風に吊り下げられている懸魚
典型的な「猪の目懸魚」
かぶら懸魚の形で、ハ-ト型の穴がある懸魚を猪の目懸魚と呼ぶそうです。
この懸魚はその典型的な姿だと思います。日除けの御まじないとして・・・
この吉備津彦神社もこの日は、七五三のお祈りをささげるご家族が多くて、
神社らしい風情がありました。
庭の紅葉・黄葉
ガザニア
神社の境内を気ままに歩き回って集めた写真にいくらか文章を添えてみました。
楽しくお読みいただければ幸いです。