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テーマ:旅の写真(3472)
カテゴリ:観光・旅行
東京都港区芝にある増上寺 : 参詣と御朱印の記帳並びに境内の様子 する時にテレビで報道されるのでご記憶の方も多いことだろう。 増上寺・大門と参道の様子 東京タワ-が背景としてこんなにくっきりと見えるなんて初めて知りました。 境内に入るともっとよくわかります。 ここは三叉路になっているため、信号機と歩道の植木などもあって景色としては、かなり わかりづらい様子となっている。「三解脱門」と呼ばれるらしい。
5か所めともなる礼拝をしてくぐったことだった。 山門からご本堂前は開けている。 ”大殿”だいでんと呼称されている本堂とテレビ塔・東京タワ- テレビ塔が大きく見えるので、こんな景色になってしまった。 大殿の成り立ちとは: 三 階 道場 二 階 本堂 ご本尊の阿弥陀如来(室町期作)両脇壇に高祖善導大師、宗祖法然上人 が祀られているそうだ。 一 階 檀信徒控室 地 下 三緑ホ-ルなど 昭和49年(1974年)、戦災にあった本堂が再建されたもの。 見えるとその尖塔の様子まで全部入った写真をもう1枚が人情です。 この後、御朱印の記帳も本堂の中で行われるとあって、本堂の中へ入った。 外人さんが沢山いて、まずそのことにも驚いたが、カメラで安置されている仏像など仏様の 写真をたくさん撮影しているのには真から驚かされた。 私も1枚 恐れながらこの写真の部分が大殿の二階に当たり、いわゆる”本堂”だと思われます。 二階の本堂に関する印象 : 失礼だから写真の撮影はしませんでしたが、外人さんに関して驚いたことが二つ。 1. 外人さんが本堂の中に多かったこと。 2. ここは本堂の中に信仰に必要な様々な物が展示されて販売もされていたが、どうやら これらの外人さんもかなりいろいろな物を購入されていたように見受けた。 本堂の中を自由に撮影ができるお寺があることを知っただけでも驚きだったから、お数珠や その他の物に手を出された外人さんの様子は目にとめるだけで外に出た。 この写真の右手前の方に御朱印の記帳やご祈祷の手続きなどをつかさどる場所があり、記帳を お願いしました。 御朱印 この境内の右上に”安国殿”があり。そこに祀られているのが「黒本尊」で、秘仏とされている。 何故、この増上寺の御朱印として「黒本尊」が選ばれているかは、うかつにも質問しなかった のでわかりません。 また: 2. 黒本尊 3. 西向観世音菩薩 本当にうかつでした。 個人的な勝手を書く事が許されるのであれば、この境内で最も心を惹かれたのは以下の写真 でご紹介する ”風車をも1000体の地蔵” でした。 大殿に向かって右横で目についてので近づいての1枚。
沢山の外人さんが熱心に撮影しているのが印象的だった。
様子がわからないまま、後列のお地蔵さんも撮った。
後列に並ぶお地蔵さん :徳川将軍家ご墓所側の並び 子育て地蔵尊
西向観世音菩薩側の並び。 子育て地蔵尊 付いたので、改めて本殿よりの2体を撮らせてもらった。 可愛いお顔 その一
可愛いお顔 その二
個人的なことは書きませんが、ネット検索したブログなどを拝見しても、水子のなったわが子 思って涙を流される方の思いが伝わってきます。 なんと可愛いこと。 それぞれに微妙な表情に違いがあり、ぐっと胸に来ました。 西向観世音菩薩のお堂 その門
西向観世音菩薩のお堂
西向観世音菩薩のこともよく分からないし1000体のお地蔵様との関係もよく分からなかった 関西へ夕方の新幹線で帰る予定もあり、この広大な境内を広範囲に見て回り、参詣することは とても無理であり、徳川将軍家墓所は多少無理をしてもと思ったが、久しぶりの関東でもあり 時間のやりくりが心配任り断念した。 1. 三緑山 広度院 増上寺 江戸時代には3000人の僧侶も修学された寺院であった由。 2. 開 設 明徳4年 1393年 3. 宗 旨 浄土宗 大本山 「なむあみだぶつ」の念仏三昧 4. 総本山 知恩院(京都) 三解脱門を入った左側に案内所がある。 女性のお坊さんがいらっしゃって、パンプレットをもらいながらちょっと話し合った。 お聞きしたら大阪の豊中にお住まいの時期もあったとか、あるいは総本山の知恩院から お出での方かもしれないと思いながら話を聞いた。 あの可愛い、風車を持ったお地蔵さんの話になり、健やかに育ったお子様に思いをはせる 方や水子の事を思い、涙してお地蔵様を安置された方、参詣される方々の話に及んで不覚 にも涙が出て困った。
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最終更新日
2016年11月17日 05時48分48秒
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