|
テーマ:旅の写真(3472)
カテゴリ:観光・旅行
久しぶりの京都です。
・・・のお知らせ。これに従った。 10:50から12:00。 渡月橋から嵐山方向を見る 人の波が途切れるのを待って撮影したもの。
渡月橋と刻まれている場所の撮影に拘った。人が多くてなかなか途切れなくて一苦労。 嵐山方面 ここで渡月橋をすぐに渡らないで、右折して観光客でにぎわう通りを進み、天龍寺方面へ 向かった。 天龍寺はこの道の先で、左に曲がり進む。但しあまり遠くない。 帰りは上の写真の右側を歩いて帰ったが、こんな賑わいになっていた。 自撮りと人力車、如何にも京都らしい。 ついでにここで京都のマンホール 紹介 ている例も多いが、東京と並んでこんな様子だった。 嵐山界隈から嵯峨野の里、この辺のことをあまりにも知らないので、ご紹介めいた書き方は 出来そうにありません。 ◎ ◆ 〇 禅宗のお寺「天龍寺拝見と御朱印帖 記帳」 38名の同行者と言っても平素お付き合いのある方も居ないので1人で天龍寺に向かった。 天竜寺山門 禅宗のお寺さんらしい佇まいをここにも感じた。 お寺の入り口まで数百メートルある通りに見た梅の花 参道の梅 建物の入り口 になっている仕切りで入門料を払うと、お値打ちの庭を思う存分味わうことができる。 そんな観光の仕方がきっと”正解”だろうとも思った。 時間が限られた我々のような観光組は部屋の中からお庭も見るコ-スがお勧めです。 あまりにも大きいので天龍寺の建物の全貌は撮っていない。 玄関を飾る達磨さんの絵 この絵もこのお寺さん独自の絵らしい。 禅宗の臨済宗 大本山 1339年夢窓疎石になる創建とある。
建物の中を通り抜けてあの有名なお庭を拝観、大勢の方々がお庭への入り口からから廻り 庭に直接触れる観光をされていたが、こちらは大きくて長い廊下を歩いて拝観。 建物と建物の角から、嵐山?を借景した中庭 大本山天龍寺は臨済宗と呼ばれる禅宗のお寺だそうですが、庶民派?の曹洞宗と異なり 鎌倉、室町幕府など上流社会が好んで採用した「心の保ち方」で、このお寺の開創も 室町時代1339年夢窓疎石の手になるとか。 元会長でもありました)が親しくて、その法話にも接したことがあったように思います。 境内には関牧翁さんの揮ごうが添えられていた観音象も見られました。 言い訳 1. このお寺は禅宗のお寺ですので、他の宗派のお寺のように仏像などの貴重な造形物が 我々の目に触れるような場所には無いように思います。 2. 従ってこの大きな建物の中は、広いですが何もないように見えます。 3. 襖絵として飛竜が書かれておりまして、せめてその写真の撮影をと思い実行しましたが ガラスの仕切りに中庭の姿が反映していた、見事に失敗でした。 ともかく、禅宗のお寺(三田市だと永沢寺 呼び方ヨウタクジ)は建物は大きいもののその 内部は かなり質素ですから、観光案内的な紹介はやはり難しく感じます。 昼食 12:15~13:30の為、冒頭に紹介させてもらった通りを戻った。その時から渡月橋を 渡った後も若い女性の着物姿があふれているのを見て、はなはだ感心しました。 着物着つけ体験ブームでたぶん貸し衣装屋さんが大繁盛だろうと思った。 足元の「内また歩きでない点は「ご愛敬」 1. 14:00~15:00 北野天満宮 50種1500本の梅 見物 御朱印帖の記帳 参道に多い狛犬の一部撮影 2. 15:20~16:00 京漬物「西利」 〇 § Δ 私の悪い癖で、一部に筆の走りがありますのでお許し願います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018年03月20日 05時56分55秒
コメント(0) | コメントを書く |