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うちのお父さんの名前です。
私はお父さんがずっ~っと大嫌いでした。 厳しいし、友達の前ですぐどなり散らす人だったし 優しいこと何一つしてくれなかったので ”お父さんみたいな人と結婚したい”という友達の言葉は 異国の言葉にしか聞こえず(笑)まったく意味不明。 でも実はそういってみたいと思う自分もいたりもしました ようはお父さんの愛情を感じてこなかったし 感じたいと思っていたんですね でも最近としひろくんの愛情を感じるようになり うれしくて泣けてしまうこともあります。(←今もそう) 厳しくてわがままなお父さんの今までの言動を理解できるようになりました としひろくんは小さいときに親を亡くしているので ”家”というものにこだわってきました。 自分には帰ってくる場所がなかったから 私たち子供には帰ってくる場所をまず作ってあげたいと思い 子供のふれあいよりもまず箱物を作ることに必死だったこと あれこれ子供が一生食うのに困らないように 勉強の成績にこだわり、就職にもうるさく注文をつけてきたこと でも私が心身的に壊れてしまい 離婚したことが、としひろくんの中で大きかったようで その心の原因の一部は今までの環境にあったこと かなりショックだった見たいです。 最近 おとうさんは還暦をむかえたのもあり 人を受け入れるよゆうがでてきました わたしもそんなとしひろくんの不器用さも受け入れられるようになり いいたいこともいえるようになりました。 今回の東京行きのことに関しても 親としてはかなりさみしいようですが なんだかんだいって、応援してくれています。 いや応援しようとしてくれています。 今日私のアパートまで送ってくれたのですが そのBGMは”団塊世代の応援歌”(笑) 私を励ますのはもちろんのこと 自分もその曲をきいて”まだまだこれから”と思っているようです。 人生はまだまだこれから 私はまだ平均寿命まで生きるのなら50年もあります 駄目だったら地元に帰ってくればいいやってほんと思えた 今まではお父さんから逃げることばっかり考えていたけれど 今はとしひろくんなりに私のこと”愛してくれてる”ってとっても感じられる。 たくさんの友達に応援してもらって そして親に愛してもらっている ほんとに感謝の気持ちでいっぱいです お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
June 6, 2007 09:43:25 AM
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