「ポックリと死にたい」という言葉の意味について。
昨年のバッチフラワーコンフェランスの会場で頂いた質問の幾つかに、いま頃ですが、応答させて頂きます。一つは、「90歳の祖母が(身体の病気は全くなく健康です。)ポックリと死にたいと良く話していて、クレマチスのような症状が見られます。このような場合、クレマチスを処方する事は良いのか、それとも90歳のこのような症状は、死へ旅立つ自然の現象と理解したら良いのか、先生のお考えをお聞かせねがいます。」というご質問です。私の医院の外来には、80代、90代、100歳に近い方まで、とても沢山の高齢の患者さんたちが来て下さいます。その方々の1/4から1/3ぐらいの方が、「もう十分生きましたから、あとはポックリ逝きたいですよ先生。」と異口同音に口にされます。ご質問のおばあちゃんは、このような方々と同じか、それ以上に肉体的には健康状態が良いということでしょうから、「あとはポックリ逝きたいです。」という言葉のもつ意味も類似していると推察します。そして、そのようなご高齢の患者さんたちに、私はレメディをお勧めすることは稀です。なぜなら、彼ら、彼女らが、その「やや夢見がちな状態」で苦しんでいるようには見えないからです。「ポックリ死にたい」という言葉の背景に、苦しみながら死んでいった配偶者を看取った記憶や、友人、家族が病院でながく患っているその苦しみを見て来たといった経験があるのなら、スターオブベツレヘムやミムラスといった恐怖をやわらげるレメディも必要かもしれません。たとえば、このような状態が、「ポックリ死にたい」という言葉の陰に悲しみや恐怖が隠れている場合です。一方、「長い人生で、すでに十分な辛酸もなめて来たし、死に際に長患いをして家族に迷惑はかけたくない、どうせ死ぬなら「ポンピン生きて、ポックリ逝く」という理想的なコースで逝きたい」と普通に考えてその言葉を口にしているのなら、レメディは必要ないでしょう。クレマチスに限定して言えば、幸せな死後や、突然死という理想的な旅立ちを夢見るあまり、日々の生活や家族に対する意識の焦点がぼけてしまい、そのような事態ばかりを考えてしまう状態なら、必要でしょう。また、私の体験からは、現実や過去の体験が直面しつづけるには辛すぎる要素をもっていて、不自然に早期に痴呆症、認知症のような症状を呈してしまっている患者さんにも有効でした。この2つのパターンのいずれかに属する場合などには、クレマチスを飲んで頂くことは、本人の苦しみを解決する手助けになるだろうと思います。以上、簡単ですが、ご質問にたいする答えとさせて頂きます。