空までもコンクリ色のつづいた首都のジャングルをさまよって山に戻った。隣人に頼んで締めてもらっておいたプロパンのボンベの栓をひらき雨戸と窓全部をあけて五月の風と大気を迎え入れる。すこし見ないあいだに猫の額にはぺんぺん草が生えた。庭石の下をのぞけば、無数の団子虫が土を製造中だ。「…虫仲間では、誰でも知っている奴が能なしでしかなかったり、ちっとも知られないもひとつの奴が真実の才幹を持っていたりするものだ」と、書いたのはファーブルだ。「注意に値する才能を授かった奴が忘れられ、装束が華麗で格好の堂々とした奴はわれわれの誰にももてはやされている。われわれは虫を着物と嵩で判断している。これはわれわれが他人を布地の良し悪しや座っている場所の広さ狭さで判断するのに似ている」「…金属の光で全身ぴかぴかしているおさむしから何を期待してよいか。蝸牛を屠ってあの粘液の中で大食らいをやる以外に何もありはしない。(中略)…反対に独創的な発明、芸術的な作品、巧妙な工夫がほしかったら、多くのばあい誰にも知られていない卑しい連中に目をつけることだ」(山田吉彦訳 岩波文庫版・昆虫記第十九分冊より)。緑陰に山鳥が訪ね来て啼いている。ゆさわさと風に揺すられて緑の濃淡が光の乱舞を見せはじめている。まことにすがすがしい渓流のひかりが樹木のあいだを走り回っている。画家・宇野マサシより紹介された役者の新城彰氏より公演の招待状が届いていた。
「朗読と演劇のひととき」都内江東区の森下文化センターホールで五月二十日土曜日午後六時開演とあり、万難を排して伺うことに決めた。別段、「独創的な発明、芸術的な作品、巧妙な工夫」を主張するわけではないが、絵描きと役者と作家なるわれら三名が呑みながら発作的に先日結成した『うれないかい』会員としては、仕事をほおってでも駆けつける。漱石の夢十夜などの朗読14本に、お芝居は「晴ら惚れ河童」とプログラムにはあった。
世はどろどろであっていい。百年をつかのまと見る目と心があれば、いまこの「生」を紡ぐ一秒一刻の輝きをあじわいつくしたいと、誰だっておもうにちがいない。
問いあわせ・申込みさき■江東区
森下文化センター 電話03-5600-8666/当日券おとな1500円、小学生500円