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2006.05.27
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カテゴリ:生きる
そとは未明からしとしとと五月の雨だ。立方体のコンクリの箱の中でシケモクに火をともして、ゆるくながれる土曜日の朝の時間をながめている。勤め人でなくとも土曜日の朝がくつろげるのは自分がいま都会にいて、都会の生活の中でその空気を呼吸しているせいだろう。虚空にただよう紫煙は、ほんらい見えないはずのものを見えるようにさせてくれる。三ポンドの脳味噌がぶくぶくと泡立ち、まるでいれたてのエスプレッソコーヒーのように強くて濃い芳香を世界に向けて放つ。いつもの見慣れた壁のシミまでが意味があるかのように見えだして、呼吸する空気のなかの微粒子のひとつぶ一粒までがリアルに現出する。「たばこを吸う」という、「健康に」百害あって一利なしの行為が魅力的であるゆえんが、どうやらこのあたりにありそうで、ゼニがなくたってついここは葉巻、たとえばダビドフのショートあたりをふかしてみたいとかんがえてしまう。あいにくとふかしているのはその紙巻き(クラシック)のほうで、それでもほかの銘柄(とりわけ薬漬けになった米国タバコなど)とくらべれば、まだましか。ひとはなぜタバコを吸うのか。以前このブログの「青の中で」というタイトルのところでサルトルの存在論的引用(爆)をまじえつつ恥かきの愚論を展開してみたけれど、結局、このじぶんにとっては、タバコを吸うというその行為が「無為」であるからこそ貴重なのだと、いまあらためておもう。無意味だからこそ意味がある。無意味の行為が排斥され出す時代というのは、まあ、あまりいい時代ではない。また、このような「無意味」が「有害」というものへと容易に転換されてしまう9.11以降のただいま現在の世界というものは、さながら透明な空気に赤や黄の色を塗り付けて、「さあ、これがありがたい空気ですよ!」などとことさらに言いつのるけったいな時代でもあるようだ。

けったい、といえば、この夏に開設されるインターネット新聞「オーマイニュース」編集長に就任する鳥越俊太郎が、今朝の朝日に書いている。

昔、先輩記者に「新聞記者とはなにか。最終的には、社会正義の実現にかかわることだ」と言われた。今、私は「社会正義」を「納税者の正義」と表現したい。

だいじょうぶかシュンタロウよ、とわたしはおもった。「社会正義」ということばには、あまねくこの社会全体が要請するところの「正義」がみえるけれども、「納税者の正義」には、姑息な個別性、もっというならば、排他的市民主義がみえてきてしまう。納税していない人々の「正義」はどーするんだ? いやなにより、そのようなノーテンキの味噌で、はたしてインターネット新聞という(とりあえず)新しそうに見えるメディアを舵取りしてゆけるのか。かなり安易だなあ。それで、

私は「劇場型」の社会とメディアから「運動会型」の社会とメディアへの転換をめざしたい

などと結んでいる。嗚呼!本当に大丈夫なんだろうか。

シラケル時代になったもんだ。





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Last updated  2006.05.27 10:27:55
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