傍点の濡れた形に欲情す
うっすらとぼんやりと粉をまぶしたような空がすこしづつ開けてきて、そろそろ黄色く色づきはじめた山の緑の先端を引き立たせる。のろのろと峠道を郵便車が登って行き午前九時過ぎに必ずビニール袋を片手に痩せた貧相な小男のシゲさん(仮名)がその三メートル道路の端をさらにのろくさ通過してゆく。彼は世間でいういわゆる智恵遅れなのだが、親から譲り受けた山林を公団がそっくり買い上げて億の預金がある。このためしばしば詐欺話にまんまとひっかかりそのたびごとに数百万単位で損をしているらしい。クルマは運転できず(免許が取れない)、自転車も乗れずで、おまけにカカアは銭だけもってずいぶん前に男と夜逃げしてしまって、だから町のスーパーへ往くにもとことこと数キロの山道を数時間も掛けて往復するのである。どういうわけか会うと微笑む、ばったり道で会えばわたしも片手で挨拶に答える。部落はとにかく年ごとに人の口が減少し、山の斜面に猫の額ほどのわずかな田圃を耕すのは70、80すぎのご老人ばかりだ。昨年の郵政民営化で郵政公社の山間の局のいくつかはすでに廃止が決まっているらしく、局からの委託を受けて切手などを売る峠の酒屋も、あとさきどうなるのかとぼやいていた。しかし部落の議員連中にしたところで国家の政策にどこがどのように変わるものかもわからず、目先とりあえずは自分らの年金の受け取りうんぬんばかりが気にかかり後はまあ、野となれ山となれ…いや、すでになっている。トリッチ・トラッチ・ポルカがいきなり村内放送の電柱の横のスピーカーから鳴りだした。そうかきょうは土曜日、朝焼け市場開催の日だ。いずれ九月尽の青い空にまたぞろ一発イチマンエンの花火が打ち上がるのだろう。
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Last updated
2006.09.30 10:36:38
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