カテゴリ:短編小説
「なんかさ」
「ん?」 昼下がりの「シトロン・ドロップ」である。 春一番が吹き、冬翔竜が去っていってしまったここ眠兎町には、 当然期間限定のカフェ、 「スノーマンズ・カフェ」も店じまいしてしまったので、退屈しのぎにセイラの店に邪魔しにきたリタだった。 「前から可愛かったけど、ここのとこ特に、琥珀くんの笑顔の可愛さ出力、あがってきてない?」 「そかなあ」 「だって、あたしでさえくらっとくるもの。あの笑顔全開で挨拶されると」 以前は、セイラの店を訪れる異界の住人たちに、 いちいちびっくりしていた琥珀だったが、 最近は慣れたのか、異界の住人とのふれあいが楽しくなったのか、 ぴかぴかの笑顔が多くなった。 それゆえかどうかは判らないが、セイラのお得意様のなかでは、 「『シトロン・ドロップ』の琥珀少年」といえばああ、彼か、というくらいの ある意味有名人になってしまっているのだった。 紅茶が入ったよー、とセイラがリタの前にほわほわと湯気があがる ティーカップをことりと置く。 「かてて加えて」 「何?」 「……さすがにあれはやばいでしょ?『アレ』は」 無言でティーカップを受け取り、リタが親指でくいくいと指し示す先には。 黒いシルクのワンピースに真っ白レースがひらひらしてるエプロン、 (もちろん後はでかいリボン結び)蝶ネクタイに白のヘッドドレス……いわゆる世間一般で言う『メイド服』をきっちり装着した 琥珀と柘榴の姿があった。 …いつものごとく、まともに店の手伝いをしてるのは琥珀だけで、 柘榴は何をしてるでもなくその長身をもてあますかのごとくそこらをうろうろしているだけだが。 ただときおり、バランスを崩して脚立などからおっこちかける琥珀を、まるで猫の子をつかむように、首根っこをひょいっとつかんで助けたりはしてる、らしい。 そのへんが一部の女性客のツボにはまったようで、そのたびに店内で小さい歓声があがる。 「笑顔が可愛い弟と、ちょっとぶっきら棒だけどわりと面倒見はいい兄、て構図は基本だけどね」 リタがはあ、と小さい息をついて 「なぜにそこでメイド服着せるか。あんたはっっっっ」 「え、だって普通に似合うし?可愛いでしょ?」 「だからっつって普通は着せないわよ。普通はっ。というか」 またちろりと、リタが琥珀と柘榴に目をやる。 「わけわかんなくって着てるっていうのがね…なんとも。基本はロボだからかなー…」 どうやら彼らは、『女性用の服』を「男性型」の自分たちが着る、という行為に違和感を感じるということは あっても、それ以上のことは感じてないらしい。 「もし不届きな輩にでもさらっていかれたらどーすんの」 「あ、それなら大丈夫でしょ?ウォードたんがいるんだから」 「まあ、ね…。でも、あの反則なくらい最強な笑顔にこの格好で「いらっしゃいませ~~♪」とか「またどーぞ♪」とか言われる方にもなってみなさい?…一種の『呪』がかかるわよ?」 「……なに?それ」 「あの笑顔が頭のスミにこびりついて、またその笑顔を見にきたくなる罠」 「……えー」 「えーじゃないっっ」 「だってスマイル0円っていうじゃないー」 「あのね、セイラ」 リタはいったんそこで言葉をきり、カップにのこっている紅茶をのみほした。 そしてセイラを真正面からみすえ、 「『タダより高いものはない』のよ?わかってるとは思うけど?」 「…うふふ♪」 だが、「シトロン・ドロップ」の店主はただ、謎な笑いを浮かべるだけだった。 「もしかして対人兵器としても有効かも?とか思ってたりしてないわよね?」 「うふふふふ(謎笑)」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Mar 24, 2005 10:37:04 PM
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