小鳥の獣医さんのみかた
日本で小鳥に詳しい獣医さんを探すと言っても、自分なりの尺度を持っていない飼い主が多いのかもしれません。そこで、私の見方を、あえて獣医さんの実名を挙げて、記しておきます。思い込みの部分もあるかもしれないので、参考までにして頂ければと思います。 結論を先に言えば、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」で、獣医さんは本来、我々飼い主の強い味方なので、見方を間違って敵と認識しないようにも、少し余裕をもって、どういう人(動物病院)なのか、事前に少しだけ認識しておくと良い、です。 日本における小鳥医療の草分けである高橋達志郎先生は、専門的な先達がいないので、自己流にならざるを得なかったと思います。しかし、先生の場合は、「巣引屋」(プロの繁殖家)として、ご自分で何百羽と飼育しそれを治療するのが、小鳥医療を深化させる動機となっており、10年に及ぶ実践的研究は空前にして、おそらく絶後の存在です。自分の小鳥たちを助けるためにいろいろ工夫し、亡くなってしまえば、はばかりなく剖検(解剖して死因を調べること)しており(「手ぢかな私の飼い鳥」を研究対象にし、「解剖した小鳥はじつに二千羽をこえた」と後掲書にある)、それは現在の臨床獣医さんには不可能な得難い研究環境なのです。そうした個人的、趣味的な長年の研究成果をフィードバックさせて、小鳥の専門医として東京都大田区田園調布に開業されたのは、1962年の昔です。そのお弟子さんとして研鑽を積まれ、技術を継承したのが(高橋先生は1994年にお亡くなりになっています)、さいたま市浦和区『バードクリニック』の石森先生であり、横浜市南区『グローバル動物病院』の広瀬先生になります。この方々は、フィンチ類(ジュウシマツ・ブンチョウなど)や小型インコ(セキセイインコ)といった、日本では圧倒的に飼育数が多かった種類についての膨大な治験を背景にしているので、信頼性は抜群ながら、高橋先生がすでに完成させた手練技術を引き継ぐ側面が強いため、最新技術の導入という側面には欠けてしまう傾向を持つかと思われます。つまり小型の鳥類の診療に無類の強みを持つものの、近年飼育数が増えている大型種の近代的な検査や診療では、飼い主の期待に沿いにくいかも知れません。 一方、千葉県柏市『小鳥の病院』の真田先生、横浜市神奈川区『横浜小鳥の病院』の海老沢先生、東京都世田谷区『リトルバード』の小嶋先生たちは(真田先生と海老沢先生は確か神奈川県相模原市の『飼鳥野鳥病院』で研鑽された同門、小嶋先生は海老沢先生の元でともに治療に当たられていたので、弟分的な存在かと思われる)、修行段階では、高橋先生的な飼い鳥の小鳥の膨大な治験を持ちえなかったものの、大型インコ類の研究が進んだ欧米の技術を積極的に取り入れ、それを日本では飼育数の多いフィンチ類や小型インコにもフィードバック(「外挿」という表現より、こちらの方がわかりやすいかと思う)しながら、治験を増やされていると考えて良いかと思います。大先生の下で古風に完成された流儀では無いだけに、最新技術の導入に積極的で、互いに切磋琢磨し、より近代的な姿勢が感じられると言えるでしょう。この先生たちの、素晴らしいところは、そうした自己研鑽を自分のことで終わらせず、学会を作り、鳥の医療に関心のある獣医さんを研修医として受け入れ、その技術を他に広める努力をされている点にあります。この方々のご尽力により、我流ではなく、小鳥を正確に扱い診療する技術を持つ獣医さんが、全国的にも増えてきている点を、忘れてはならないでしょう。しかし、欧米、特にアメリカでの飼鳥は文鳥の飼い主にとっては残念なことですが、大型種が主となるため、その技術や飼育思想をそのまま日本の小型種飼育に当てはめてしまうと、飼い主との間で齟齬が生じてしまうことにもなります。つまり、小型と大型で分けるなら、大型の診療に無類の強みを持つものの、小型に関しては実際との矛盾も生じやすい傾向を持つと見なせるかと思います。 小鳥の専門病院としては、このような2大系統あり、一方が古く零細化、一方がより新しく主流になっているといった感じだと思います。そして、今現在、志のある獣医さんが、犬猫が主で小鳥もみられるようにしたい場合は、後者、海老沢先生たちの学会『鳥類臨床研究会』などに参加しつつ、技術を取り入れていくのが一般的になりつつある状況のようです。※ 高橋達志郎先生の開業の経緯については、先生の『小鳥のお医者』(1966年徳間書店)など参照。海老沢先生については、月刊『as』(アニマルスペシャリスト)という情報誌の2010年10月号に、大学卒業のわずか2年後の1997年に開業されたことが語られています(一部を立ち読みしただけですけど・・・)。なお、十姉妹好きの広瀬少年が高橋先生に憧れ名古屋から上京した話は、吉田悦子さんのブログにあります。まさに内弟子です。今現在の研修医を受け入れる、といった感覚との違いを感じます。 今現在は、いずれにも属さず、小鳥を診療する獣医さんも多いようです。その内実は千差万別だと思われますが、これも新旧で分かれると見ています。一方は、昔から特に小型種を診る機会があり、自己流ながら治験を積み上げている老舗タイプの動物病院のケース、もう一方は「エキゾチックアニマル(エキゾチックペット)」(犬猫を除く生き物すべてを指すことが多いが、この用語を用いる獣医さんは爬虫類・両生類の治療を特に得意とされる方が多い印象がある)治療の一環として、鳥類の診療もこなすケースです。その治療技術は、動物病院ごとに大きな差があるはずで、専門性の薄い動物病院においては、小鳥を治療する機会が昔より減っている現状を考慮すれば、上記のような学会への参加や趣味的な自己研鑽がない限り、小鳥の臨床の積み重ねによって医療技術を進歩させることは、難しいかと思われます。ある程度、大きな規模がなければ、小鳥治療をする機会に恵まれないのです。従って、日本では飼育数が多い小型種ならまだしも、飼育数の少ない大型種では、見たことも触ったこともなく、手も足も出なくて不思議はないことになります。従って、大型インコの飼い主は、動物病院の選択幅が狭くなり、苦労されることになりますが、その点、文鳥などの小型種では、専門性が限定的でも十分なことが多いことになります。 いずれにも属さず、小鳥の専門病院を称する動物病院は、とりあえずは、疑った方が良いと思っています。診療対象が他人の所有物である小鳥の場合、それを実験動物のようには扱えないので、新たな冒険的な試みは難しくなり、同じことを繰り返すだけになってしまい、つまり開業当初からほとんど進歩しないことになりかねないからです。高橋先生の門下のように、達人の師匠から免許皆伝を受けて開業するのなら安心ですが、そうでもなければ、開業時の低レベルが継続するだけになりかねないわけです。例えば、小鳥の臨床数が月に1,000を超えていても、同じことを同じように自己流で繰り返し、その臨床で得られた治療面の問題性を、公開して外部の批判検討を経なければ、その病院内限定のいびつな生態系に閉じこもって、あらぬ方向に進化しないとも限らないわけです。 小鳥の治療には専門性が必要で、それを得るには、優れた師匠から長い年月をかけて学ぶか、短い期間で基礎的な部分を身に付け、後は学会などでの交流で絶えず研鑽を深めるか、しかないと思います。従って、どこでどれだけ修行したのか、どれほどの熱意で鳥の医療に取り組んでいるのか、そしてそれが自分一人の思い込みに終わらないものなのか、といった点に気を付けねばならないでしょう。 同じ小鳥専門でも、小型に強いか大型に強いか、飼い主である自分が、最新技術を望むか望まないか、1次医療と呼ばれるせいぜい簡単な切開手術レベルを求めるのか、さらに高度な専門性を必要とする2次治療を求めるのか、それぞれで動物病院を探す際の尺度は変わってきます。その獣医さんの修行先はどこか、鳥の専門性の高い病院を含んでいれば期待出来るし、どういった研究をしていたか、小鳥の治療に関する論文を公表されていれば、やはり期待出来ます。総合病院でも大きいところなら、鳥の臨床についての蓄積を期待することも可能ですが、専門を称していても、修行先が不明瞭なら少々疑わしくなってくる、といった感じだと思います。 実際には、小鳥の扱いがしっかりできる獣医さんを見つけるだけでも大変な地域も多いはずです。しかし、文鳥のような小型鳥類では、それほど高度な医療が必要なケースは少なく、実際問題としては、それほど高度な医療は、技術的な限界により、施せないと考えても不思議はないのが現状です。従って、ホームドクターにあまり高望みする必要はないと、私は思います。首都圏に住む大型インコ飼育者と、まったく同じ問題意識を持つ必要がないでしょう。小鳥の扱いがしっかりできるように努力している獣医さんを、諦めずに見つけたいところです。 臨床における飼い主に対する態度は、学んだ師匠の影響もあるでしょうが、多くはその獣医さんの個性で、また経営上の必要性でも変わってくるようなものです。さほど気にすることはないです。最新の設備は、人間でもそうですが、普通には必要としませんから、万万一の際は、そうした設備を持った専門性の高い遠くの動物病院に行くことを考えておく程度で良いでしょう。せっかく導入したので、必要もない普通の治療で、そういったものを使用されては、患者にも飼い主にもかえって迷惑な面も大きいだけで迷惑です。 治せるか治せないか、技術面を追い求めていたはずが、気づけば、気が合うか合わないか、相性で判断する結果になることも多いです。しかし、詐欺的な医療行為の危険性もありますから、やはり実用性をまず踏まえなければならないでしょう。獣医さん側の対人面での不注意で冷静さを失わないように、あらかじめ、その動物病院の代表者が、どういった経歴を持ち、どういった傾向を持っているか、事前に調べておきたいところです。※ 例えば野鳥診療を得意とする研究者肌の師匠の元で学んだり、動物園勤務の経験だけでは、飼い主への応対についての修行は不十分になるでしょう。もし、アメリカの動物病院で研修すれば、技量は上達しても、患者飼い主への説明は母国語ではないだけに苦労して、フラストレーションがたまり、何らかのトラウマを持っても不思議はないかもしれません。と、いろいろ勝手な想像ができれば、理不尽に叱りつけられても、感情的なしこりにはなりにくいかと思います。理想の獣医さんを求めれば、失望も大きくなりがちですが、相手は同じ人間なので、それなりに理解しようと努めさえすれば、(それが全くの的外れであっても)さほど裏切られた気分にならずに済むかと思うのです。