【補】『赤毛のアン』にわか研究
前回で手仕舞いの予定でしたが、ベッドで養生する時間に、新潮の村岡訳『赤毛のアン』を読了し、今日は、朝の連ドラも最終回でしたので、最終盤で気づいた点を挙げておきます。 昔々、大学の模擬授業か何かで、私が「はしょりまして・・・」と言ったら、後ほど「はしょるってどこの言葉ですか?」と、何だか小うるさそうな女史に指摘され、驚いたことがあります。もちろん、「はしょる」は「端折る」の音変化で、縮めて省略することを意味する普通の日本語なのですが、その女史(男女同権について熱く語っていた人だったように思います)の耳にはどこかの方言に聞こえたらしいのです。 それはさておき、村岡さんはどういった部分を省略しているのか、とても大きな端折りを感じたのは、物語の最後の最後、グリン・ゲーブルズに居残ることを決意したAnneが、リンド小母さんに将来の抱負を語る部分です。原作では、大学進学をあきらめたAnneに、女が男と一緒に大学で勉強する必要はないと、慰め?るあくまで保守的なリンド小母さんに対し、Anneは教師をしながら大学で勉強することを独習すると宣言し、"Anne Shirley, you'll kill yourself."、過労死してしまうよ、と小母さんにあきれられることになっています。そして、リンド小母さんは、アヴォンリー学校の教職を、ギルバート・ブライスがAnneのために辞退した話をして、さらに20年来問題児を輩出し続けたパイ家の子供が生徒にいないはずだから、教師として手こずらないだろうといったことまで(原文下記。対訳はブログ『赤毛のアンで英語のお勉強』さん参照)、ぺちゃくちゃしゃべってくれます。 ところが、この、リンド・レイチェルの人となりがよく表れた会話シーンを、村岡さんはバッサリと割愛し、一切存在しないものにしています。代わりに、「リンド夫人はギルバートがそのことを聞いて、(中略)、もう手続きをとってしまったと報告した」と簡単な説明文を加えて、あっさり次のシーンに移ってしまうのです。 Of course you'll take the school. You'll get along all right, now that there are no Pyes going. Josie was the last of them, and a good thing she was, that's what. There's been some Pye or other going to Avonlea school for the last twenty years, and I guess their mission in life was to keep school teachers reminded that earth isn't their home. 終盤の村岡訳は、ところどころに端折りが目立つのですが、編集上の都合ばかりではなさそうです。上述のバッサリ切り捨てにしても、教育的配慮を感じます。注目すべきは、作中のパイ家の扱いでしょう。最終章のひとつ前37章の、Anneとマリラが語り合うシーンでも、英雄的な努力をしても、ジェシー・パイだけは好きになれないと語るAnneに対し、"Josie is a Pye,"、ジョシーはパイ家の人だから(好きになれなくて当然)、とあのマリラが断言し、挙句、あの一族のような嫌味な人たちも世の中の役には立つのだろうけど、アザミが何の役に立つのかわからないのと同じに、何の役に立つのか私にはわからない、と散々に悪口を言うのです。この部分も、村岡さんは、もちろんバッサリ端折っています。 つまり、せまい村社会の中で、パイ一族は問題児集団とされ、はっきり嫌われ者、地域の鼻つまみ、と言えますが、これは偏見やいじめといった人間関係の負の側面を示しているものと言えるかと思います。そのような暗い面があってこそ、陰影があってこそ、登場する人物像や時代背景が明瞭になるように思いますが、児童文学として考えるなら、光の届かない影、善良ではない側面であり、あまり子どもに見せるべきではないものと思えるのです。 おそらく、村岡さんは訳出するにあたって、児童向けを強く意識して、光の当たる明るい面を強調し、陰りのある部分は捨象したため、普通の小説を読む感覚で大人が読み比べると、村岡訳の『赤毛のアン』は物足りなさを感じてしまいますが、平面的明るさの故にわかりやすく、また、さらなる単純化の基礎テキストとして使いやすいものとなっているように思われます。 『赤毛のアン』がこれほど日本で人気となったのは、やはり、村岡さんの児童文学化といった明確なビジョンがあったからこそではないかと、私なりに思うのですが、今ならどうでしょう?抄訳は抄訳とし明確にそのように示し、大人になったら、やはり完訳を薦めるのが、妥当かと思います。