伶美うらら様退団公演「神々の土地」~ロマノフたちの黄昏~に心酔
BSの受信料を払った甲斐もあると言うべきか。NHK-BSで時々やってる宝塚の公演で、池田泉州銀行イメージガール伶美うらら様が退団される最後の公演を見ることが出来たのだ。「神々の土地」~ロマノフたちの黄昏・・・革命前夜の帝政ロシアを舞台に、傾きかけたロマノフ王朝の断末魔を描く歴史大作で、こんな暗いお芝居も珍しいと思ったが、録画を何回も見まくってるうちにこれは拙者的に傑作だと思うようになった。伶美うらら様は、皇后アレクサンドラの妹イリナ大公妃役。ドイツから遠くロシアの地に嫁いだが、父親ほど年の離れた夫は皇帝を狙った爆弾テロで即死、彼女は若くして未亡人となってしまった。訳あって屋敷に居候してた皇帝の従兄弟ドミトリー大公は、この若き未亡人に許されない恋心を抱いている。ほんまかいな、と疑ってしまうが、何が何でもトップスター同士に恋愛を絡ませるのがタカラヅカなのである。 銀行のパンフレットは大事に持ってます・・イリナ大公妃は、皇帝夫妻への助力をドミトリーに託すが、彼の前に立ちはだかったのは、怪僧ラスプーチンであった! いやー、ラスプーチン怪しい!というかやりすぎ(笑)。まぁ脚色しやすいキャラなんだよな。愛月ひかる様には技能賞を差し上げたいところ。イリナ大公妃に纏わりついて「わたしには人の心が読める!ヒッヒッヒ・・・」とクソ坊主ぶりを熱演!まったく織田信長だったら一刀のもとに斬る伏せてやりたくなるクソ坊主だ。 そのラスプーチンに心酔してしまった皇后アレクサンドラも怖い!しかも凛城きら様、すごい体格!周囲の人々は「ニコライも、こんな嫌なオバンのどこが良かったのか」と心底不思議がる訳だが、夫婦のことは夫婦にしか分からないのが世の常。こともあろうに、アレクサンドラとイリナはドイツ出身の姉妹なのだ!イリナの方が皇后としてよっぽど相応しいと思いたくなるが、夫がニコライの代わりに死んでしまって未亡人になってしまうとは、これまた歴史の皮肉なり。 ドミトリー大公(朝夏まなと様)は、混沌としたロシアの未来を憂えて果てなき大地は 黙り込んだまま 凍てつく土は・・・と一曲歌うんだけど、これがまた名曲だよ。チャイコフスキーなんかその典型だけど、ロシアのメロディーはどことなく暗く陰鬱なイメージがあって、その雰囲気をうまく曲に乗せている。ちなみにチャイコフスキーの「エフゲニーオネーギン」「白鳥の湖」のワルツを舞踏会の場面に使っていて、ロシアムードを盛り上げる。宮廷舞踏会の華やかなシーンは宝塚の王道だよね。舞台は宮廷だけでなく庶民にも光を当てる。酒場の情熱的な女ダンサー「ラッダ」に恋をしてしまったのは、ドミトリーの同僚で近衛将校であるコンスタンチン(澄輝さやと様)。さやと様の存在感は意外と大きくて、皇女オリガをエスコートするシーンの格好良さは格別。ロマの女ダンサーとの身分違いの恋に悩みつつも、自分の気持ちに正直であり続けるコンスタンチン。それは、許されない恋心を抱きながら、宮廷を救うために皇女オリガとの結婚を受け入れるドミトリーと対照的である。ところが・・・ラッダの居酒屋が革命家の巣窟だったことから、二人の恋は破滅的な結末を迎える。いよいよ物語は救いようのない悲劇へ。皇女オリガ(星風まどか様)は、無邪気なまでにドミトリーに恋をしてる。彼女の過酷な運命を思うと、その天真爛漫な雰囲気はかえって涙を誘う。開明的なドミトリーの影響を受け、母アレクサンドラに国民との和解を訴えるが、聞き入れられない。これで皇帝一家が救われるチャンスは永遠に失われた。 ニコライ2世は決して悪い人間ではなかった。家庭では善き夫であり善き父親であった。嫌われ者のドイツ女=アレクサンドラに対する愛は終生変わらなかったというから、男として立派である。しかしながら、皇帝たるものは善良な家庭人で勤まるものでもない。「彼の真の悲劇は、歴史の主人公にも成り得なかったことだ」こんなこと言ってる歴史家がいたっけ。この舞台をみても分かる。ニコライは結局、タカラヅカの脚本家にとっても脇役の扱いでしか価値を認められないのだ(松風様ごめんね)。革命の嵐が吹き荒れるなか、イリナ大公妃はその後どうなったのか・・・。この人のモデルとなったのは、エリーザベト・アレクサンドラと考えられる。当時の貴族階級で欧州一の美女と讃えられた人で、うらら様が演じるのはごもっとも。いくら美人と言っても、実際の年齢からドミトリーが恋心を抱けたのはガキの頃ぐらいだと思うけど。ドミトリーが独立した後は、修道院を設立し奉仕活動を熱心に行っていたという。ソビエトのチェーカーのクソ共は、こんな聖女のようなお方を廃坑に突き落とし、手りゅう弾を投げ込んで惨殺したのである。 さすがに宝塚は、そんな残虐なシーンを作れるはずもないので、イリナの死はナレーションだけに終わらせている。ドミトリーが夢の中でイリナに会いに行く最後の場面は、悲しくも美しい絵画のような世界に仕上がっていた。これは傑作でしょう! 旧ソ連なんてのは人を殺すのが商売みたいな連中だ。ロシア革命は人類にとって新たな不幸の始まりだったとしか言いようがない。それを思うと、日本のシベリア出兵も至極当然と言うべきだったかも知れない。今食べてる宝塚のお菓子(お写真がプリントされてるやつ)はゴンチャロフ製菓の製造。ゴンチャロフ氏は宮廷の菓子職人でもあり、そりゃ逃げるしか無かっただろう。モロゾフと並んでいわいる「白系ロシア人」と呼ばれた人々だ。ロマノフ一家の無念を悼んで、ここはじっくり味わって食べるべし。