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カテゴリ:躁鬱病とたたかう
再就職活動を続けています。
職安や就職フェアで求人に応募したり、 派遣登録をしたりしていますが、 仕事に結びついていません。 先日も職安に行きました。 朝8時30分から職安が始めるのですが、 始業10分前に行ったら、既に40人くらいが入口前で並んでました。 (それ以外に車内で待っているのが20人くらい) 職安の駐車場も当然満車です。 コンピュータ検索を終えて受け付けに戻ったら、 部屋の中が求職者で溢れかえり、すさまじいものがありました。 リアルに不景気を感じています。 もっともこの地域は製造業が多く、3月末で解雇された人が多いでしょうから、こういう状況になっているのでしょうが。 ここまで再就職活動をしてきましたが、 やはり元の業種で働くのは年齢的にも時期的にも非常に難しいことを痛感しています。 IT業界は35歳定年説と言うのが昔から言われています。 理由は色々あるのでしょうが、業務がとてもハードなので、知力、体力ともに限界があると言うのや、 35歳以上でプログラマでは生活がやっていけない。せめてシステムエンジニアやマネージャまでキャリアアップしていないと、会社も利益が出ませんし、当然給与にも反映されませんから。 日本のIT業界は上流に行くほどお金が貰え、下流のプログラマの賃金はとても安いのが実情なのですから。 そう考えると、35歳定年をすっかり超えてしまった自分にIT系の仕事はなかなか来ないのも当たり前と言えば当たり前です。 自分の中では経験、スキルは大丈夫だと思っていても、周りが、特に会社の側が無理と思えば書類選考で落とされます。 本当に厳しい状況ですね。ITも設備投資みたいなものですし。 今の状況にあっては、職歴も吹っ飛ばされてしまいます。 私は大学卒業から一つの会社でずっと勤めてきました。 自分の会社はソフト開発会社で基本的にお客様の要望に応じて、 色々なシステムを開発し、納品して利益を得ます。 ですので、自分の関わってきたシステムやスキルを職務経歴書に書いて、 システム会社とお話をするのですが、面接時に人事の方や役職の上の方から言われるのが、 「色々な仕事をやって見えますね」と言う言葉。 どうも良い方の言い方では無いようです。 「あなたは一つのプロジェクトに留まって仕事していないように見えますが・・・」って思われている節があるのです。 正直、こういう見方をされる会社は困ります。 案件があってこそ、システム開発は成り立ちます。 どこかの会社の子会社なら、あるシステム一本を開発、メンテナンスすることはありますが、 そうじゃ無い開発会社がほとんどと思います。 手広くシステム開発を渡り歩くと、深い業務知識が無いと言われ、 (「君はもっと生産管理知識を勉強したほうがいいよ」と面接で言われたり) あるシステム一本で生きていくと、他のシステム業務で渡り歩くことが難しい(他の開発は出来ないの?と言われます。) 就職活動をする度に、自分っていったい何をしてきたんだろうって悩んだりします。 足下にあった支えが揺らぎます。 かろうじて支えてきた砂の城がさらさらと崩れていきます。 こんなことは考えたくはないのですが、 あのとき、月に300時間以上仕事していた俺って何なんだろう。 その後、精神的に病んでしまった俺って何だろう。 もちろん会社に復職するチャンスは何度かあったけれど、 それでも戻ることが出来ず、自分の決断で退職し、今に至っているけど、 必死に仕事していた俺も、復職に向けて頑張っていた俺も、 今、仕事を探したり、落ち込んでいたりしている俺も、 俺なんだよな・・・そんなグダグダした思いが沸き上がってきます。 でも、何で人様並の生き方に戻ることが何でこんなに難しいんだろうな。 すごく悲しくなってきます。 どうやって生きていこうか途方に暮れます。 もちろんIT以外の業種も探していますが、 その前に生きる自信をなくしている、 自分を支える骨を失いかけている。 そんな気分なのです。 本当はそんなセンチメンタルに嘆く状況では無いのは判っています。 だけど、状況を誤魔化しながらでも生きたいんですが、 その誤魔化し方が判りません。 それが出来る人がうらやましく思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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