今村昌平と吉村昭
「闇にかかわる」作品として、今村昌平のうなぎと、吉村昭の闇にひらめく、仮釈放、吉村昭が称賛した梶井基次郎の闇の絵巻などがあって、それらはいずれも醸し出される闇と光が同種の漆黒を基調にしてよく似ていると、昔、思い、書き留めたことがある。 機会があって、今村昌平の「赤い殺意」を見たところ、また、吉村昭の初期短編で表された人間と風物の陰影が思い出された。 吉村昭の短編は、人の営みの表裏のやるせなさ、生死の境目のはかなさ、自他の境の曖昧さと残酷さなどを直截に描きだしていると思う。精緻で鮮烈な描写が続き、光、風、雨、音、湿気、暑さ、寒さに、人物が眼前に削り出されてくるようだ。昆虫のぬめり、鳴声、緩慢な動作等の簡潔な記述も、人物の心象と生活を表すようで、今村昌平の映画と重なる気分になる。繰り広げられる男女間の打算と、ほどけぬ束縛感と、突然の開放は、戦後の世相の中で、露骨にひきづりだされた人間の本性の結果のようにも見えてくる。 今村昌平の「日本昆虫記」「豚と軍艦」も同種の主題があると思い出された。終戦後の昭和の文芸は、実に迫真で、すさんだ陰影を隠さないと思う。