|
テーマ:城跡めぐり(1258)
カテゴリ:城
史跡 鬼城山
一年振りの再訪。今回は、東の麓から北に血吸川にそって廻り、北門から入った。標高差、350mほど。巨岩が覆い被さるような隘路もあり、深山気分であったが、北門の登り口に入るところは、岩屋への車路分岐となっていた。血吸川の渓流は、温羅伝説に赤にそまるとあるようで、茶で覆われていた。鉄分らしい。 古代の山城の原型が残っているそうで、急峻な斜面で守られ、山頂部はなだらかにひろがり、適地に築城したことがよくわかる。都と太宰府の中間地にあり、海運と国防の要衝と。 諸元 標高:鬼城山397m 城壁:8から9合目に2.8km、高さ6m、版築土塁、一部に高石垣、内外両側に敷石 城門:4ヶ所、西、南は堅固、北、東は小型 水門:城壁が谷をまたぐ箇所に排水用水門6ヶ所、下部石積み、上部版築土塁 角楼:横からの攻撃防御施設 建物:7棟の礎石 築城:史書に記載のある大野城と同時期、前、後の諸説。近年は出土物から7世紀後半説 西門 24吋別窓表示 手前から、血吸川、足守川、その次の丘の向こうの田の中に点にみえる緑が備中高松城址 24吋別窓表示 東側斜面の登山路のアプライト。垂直に節理。山頂の岩体にも10センチ間隔の垂直の節理があるらしい。これを敷石にしたと推定されると。アプライトとは、黒雲母花崗岩の急冷層で表面が細粒な優白色岩と。24吋別窓表示 北門。アプライトの利用はなく、周辺の花崗岩を利用したものと。24吋別窓表示 南門 24吋別窓表示 東門。眼下に血吸川。 対馬の金田城、太宰府の大野城と似ている古代山城らしい。両城もいつか巡ってみたい。24吋別窓表示 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[城] カテゴリの最新記事
|