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カテゴリ:報徳記&二宮翁夜話
2022年5月29日
報徳記を読む 現代語訳 第二集 報徳記巻の2 【四】凶年に当り先生厚く救荒の道を行ふ その3 然るに盛夏といへども降雨多くして冷気行はれ終に凶歳となり、関東奥羽の飢民枚挙すべからず。此の時に至り三邑の民稗を以て食の不足を補ひ、一民飢に及ぶものなし。始て先生の明鑒予め凶荒を計り、下民を安ずるの深意を知り、我が知の浅々たるを悟り、曽て無益の事となし活命の令を嘲たるを悔い、大いに其の徳を称す。 令和4年5月8日現在 「報徳記を読む」第二集ー報徳は精神改革であるー 全ルビ付原文、現代語訳、参考資料 (2014年11月28日発行) 国立国会図書館 都道府県立図書館 北海道、秋田県、岩手県、山形県、宮城県、福島県、茨城県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、長野県、山梨県、富山県、石川県、愛知県、三重県、京都府、和歌山県、兵庫県、島根県、岡山県、徳島県、福岡県、長崎県、佐賀県、熊本県、鹿児島県 鹿児島県奄美、沖縄県 市区町村立図書館 図書館 (北海道)17館 札幌市、江別市、富良野市、北斗市、帯広市、北広島市、恵庭市、北見市、釧路市、根室市、比布町、様似町、京極町、美幌町、八雲町、別海町、佐呂間町、 (青森県)4館 青森市、八戸市、十和田市、五戸市 (岩手県)8館 盛岡市、奥州市、花巻市、遠野市、二戸市、大船渡市、久慈市、金ヶ崎町、 (宮城県)3館 石巻市、名取市、加美町 (福島県)9館 郡山市、相馬市、いわき市、会津若松市、喜多方市、本宮市、南会津町、三春町、新地町 (栃木県)6館 足利市、日光市、栃木市、真岡市、那須烏山市、鹿沼市、 (茨城県)4館 ひたちなか市、筑西市、常総市、八千代町 (群馬県)2館 館林市、渋川市 (埼玉県)1館 所沢市 (千葉県)2館 市原市、流山市 (神奈川県)14館 横浜市、藤沢市、秦野市、相模原市、小田原市、小田原市立小田原駅東口図書館、厚木市、大和市、海老名市、平塚市、伊勢原市、大磯町、逗子市、二宮町 (新潟県)3館 五泉市、新発田市、南魚沼市 (長野県)1館 白馬村 (静岡県)11館 静岡市、浜松市、下田市、磐田市、袋井市、三島市、御殿場市、掛川市、菊川市、焼津市、森町 (富山県)3館 富山市、滑川市、黒部市 (石川県)3館 金沢市、加賀市、羽咋市 (福井県)1館 あわら市 (愛知県)3館 名古屋市、岡崎市、新城市 (京都府)1館 南丹市立図書館 (大阪府)1館 大阪市 (兵庫県)3館 姫路市、三田市、赤穂市 (島根県)1館 松江市 (山口県)1館 防府市 (香川県)2館 善通寺市、観音寺市 (高知県)3館 土佐市、南国市、いの町 (愛媛県)2館 西条市、今治市 (大分県)1館 臼杵市 (熊本県)3館 上天草市、水俣市、人吉市 (宮崎県)4館 宮崎市、都城市、小林市、日南市 (鹿児島県)6館 薩摩川内市、指宿市、日置市、姶良市、霧島市、与論町 (沖縄県)1館 北谷町 💛「報徳記」の原文(全フリガナ付き)を輪読してみませんか? 第2集、第3集は絶版ですが、第1集は手持ちが少しありますので、読書会等で「報徳記」の原文を輪読されたい読書会等がありましたら、上記の公共図書館に寄贈し蔵書となっている本(「報徳記を読む」第1集)の奥付に連絡先のメールアドレスが載っていますので、ご連絡ください。 💛生きる 谷川俊太郎 生きているということ いま生きているということ それはのどがかわくということ 木もれ陽がまぶしいということ ふっと或るメロディを思い出すということ くしゃみすること あなたと手をつなぐこと 生きているということ いま生きているということ それはミニスカート それはプラネタリウム それはヨハン・シュトラウス それはピカソ それはアルプス すべての美しいものに出会うということ そして かくされた悪を注意深くこばむこと 生きているということ いま生きているということ 泣けるということ 笑えるということ 怒れるということ 自由ということ 生きているということ いま生きているということ いま遠くで犬が吠えるということ いま地球が廻っているということ いまどこかで産声があがるということ いまどこかで兵士が傷つくということ いまぶらんこがゆれているということ いまいまが過ぎてゆくこと 生きているということ いま生きているということ 鳥ははばたくということ 海はとどろくということ かたつむりははうということ 人は愛するということ あなたの手のぬくみ いのちということ 朝、自転車を走らせると、線路の踏切が閉まったままでカンカンと鳴り放しだ。 踏切のバーが降りきらないで、すごしゆがんでいる。 見ると 向かい側の線路脇で、お年寄りの女性が倒れていて、そのそばに警察官が二人立ち、 一人の女の人が一生懸命倒れた女性に心臓マッサージをしている。 何が起こったのか分からない、無事ならいいなと自転車を走らせた。 浜辺に出ると、海は波穏やかで、行っては返す、変わりない繰り返しの時間のなかで 非日常がいきなり現れるという現実。 帰りにさきほどの所に戻ると、倒れた女性はすでにいなかったが、現場検証のためだろうか、踏切はしまったままで、警察官がなにやら事情聴取している。 先の踏切まで遠回りすると、空の電車がライトをつけたまま止まっていた。 踏切にいた電車の会社の人が「通りますか?」と踏切を押し上げて、自転車を通してくれる。 そうした光景を見て、また思い返していたら、 谷川俊太郎さんの「生きているということ いま生きているということ」というフレーズが浮かんだ。 生きていること は実は 奇跡的にありがたい、尊いことなのだと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年05月29日 06時10分06秒
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