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カテゴリ:イマジン
「致知」2000年9月号
「対談 黒柳徹子 VS 鈴木秀子」 鈴木 「徹子の部屋」はもうずいぶん長い間続いていますね。 黒柳 もう25年(2000年当時)になり、いま6500回くらいです。 (黒柳さんのユニセフの親善大使の話が続いたあと) 黒柳 「窓ぎわのトットちゃん」に書いたんですが、私が通った小学校の小林宗作という校長先生は、子どもには素晴らしい個性や能力があるから、それが周りの環境や大人の考えで潰されないうちに、早く芽を見つけて育てようという考えの先生だったものですから、いつも教室を見て歩いていました。 ある日の授業で、人間には昔、尻尾があったという話が出ました。 高橋君という背の伸びない子が同級生にいたんですが、担任の先生が 「高橋君も尻尾の跡が残っているんじゃないの」 と冗談ぽくいうと、高橋君は「ありません、ありません」ってムキになって否定するんです。 そのころの私は、尻尾があったほうが嬉しいのにな、なんて思っていましたから、どうしてそんなに否定するのかなと、不思議だったんですが、その日の放課後、私が学校の裏を歩いているとき、校長先生が、 「高橋君は自分の体にコンプレックスを持っているだろう。その高橋君に尻尾があっただろうなんて、どうして君は考えがないんだ」と、私たちの担任の先生を叱ってらっしゃるのを聞いてしまったんです。 私はまだ低学年でしたから、校長先生の言っている意味はよくわからなくて、いつもはまったく怒らない校長先生が、すごく怒っていたという印象のほうが強かったんですが、大人になってみると、校長先生はそれぐらい一人ひとりに気を配っていたんだな、ということがわかります。 鈴木 いまの黒柳さんのお話は、私にはまるで昨日の出来事のように聞えました。 そのときはわからなかったとおっしゃったけれども、高橋君が痛みを感じたということはなんとなく心に残っていて、そして校長先生がどういう態度で接したかということが、黒柳さんの原点になっているんじゃないかと思います。 黒柳 エリザベス女王が日本にいらしたときに、お話ししたことがあるんですが、英国大使館にいる私のお友達がそれを見ていて「君って変わってるね」って言うんです。 「どうして?」って訊いたら、その人は私が前にゴリラの写真を撮りに行ったときに、そばで見ていたことがあるんですが、 「ずいぶんいろんな人に会ったけど、女王様と話すのと、ゴリラと話すのと変わらない人は見たことはない」って(笑い) 小林先生は「助けてやれ」とか「手を貸してやれ」ということは一度もおっしゃらなかった。ただ「皆一緒にやるんだよ」ということしかおっしゃらなかったんです。 ですから、相手がだれだから特別なことをやろうというのではなくて、人間にはいろんな人がいるんだなと思いながら育ってきましたので、私はだれに対しても変わらないというのは、小学校のときの教育のおかげだと思います。 鈴木 人間は死ぬまで苦しみが付きまとうものなんですから、苦しみがないことが幸せなのではなく、苦しみを乗り越えながら、他の人はその苦しみを行かしながら、生き生きとしていくことにつながっていけばいいと思うのです。 鈴木 物やお金にしがみついて、その繁栄だけを求めると、ちょうど切り花を飾ったようで、目に見える世界はきれいになるし、いかにも幸せそうだけれども、そういうものだけで、満たされると、心の空しさが起こってくるんですね。 あるとき、講演でこういう話をしたら、講演が終わったあと、一人の紳士が「コーヒーを御一緒する時間はありますか」と言うので、ご一緒したことがあるんです。その方は精神科のお医者さんだったのですが、おっしゃっるには、人間のエネルギーには縦と横の線があって、例えば横線をお金や物や地位のエネルギーだとすると、縦線は見えない世界だというんです。 もし人が10のエネルギーを持っているとすると、物欲が広がれば広がるだけ、縦のエネルギーはなくなるわけです。 ところが、その人がある日、ガンの宣告を受ける。あるいは会社が倒産したとか、社長にしようと思っていた息子が死んだりしたというような場合、突然頼りにするものがなくなるわけですから、どんでん返しがきますね。 がんといわれて入院してしまったら、どんな大きな会社を持っていようと何の役にも立たない。そこで初めて自分の頼りになるものは何だろうかと考えるんですが、そのときに、いかに縦の線を短く生きてきたことかということをしみじみと感じるというのです。 それまでは8ぐらいあった横のエベルギーが、1か2になってしまうわけですから、その分を2しかなかった縦の線に振り替えていかなければならない。そういう人を何人も診てきたけれども、その振り替えがいかに大変かというお話しでした。 私はほとんど寿命が尽きて、いつ亡くなるかわからないような人を病院に訪ねて、「何かしたいことがありますか」と訊いているんですが、だれかと諍いを起こしたような人がいれば、まず「仲直りをしたい」というんです。 やはり人間には愛が一番大切だから、それに背くような行為があったら、修正して愛でつながりたいという願いが一番強いんですね。 その次に言うのは、「家に帰りたい」ということ。 それから、皆チューブでつながっていますから、「自分の口で食べたい」と言う。 「自分の足で立って、歩いてお手洗いにいきたい」と言う。 ほとんどの人がこういうことをいうんです。 それを聞いて私がいつも思うことは、私がいま会っている人で、自分の家に帰れられないような人はいないし、食べ物も自分で自分の口で味わえる。 私たちにとっては、自分の足で歩いて家に帰るなどということは、当たり前のことで、死んでいく人のように、切実に思う人なんていないということなんです。 ところが、それがどれほどの恵みであるか、ということには気が付かない。 だから、私は死んでいこうとしている人たちが一様に望むことというのは、生きている人たちへの遺言だと思うんです。 「当たり前のことこそ恵みで、死を間近にしてそのことに気が付くのでなく、いま気付きなさい」 ということを伝えているんだと思うんですね。 何かをすれば幸せになるのではなくて、いまが幸せなのだということに気付くことだと思います。 黒柳 中学生のころに読んだフランスの詩で、どなたが書いたかもわからないんですが、 「人間、生まれてきたことは、人のためにちょっと何かをすること」 というのがあって、いい詩だなと思ったことがあるんですね。 「いっぱいしなさい」といわれてもできないけど、ちょっとならできる。 皆がそう思いながら生きていけばいいんです。 鈴木 私が好きなエミリー・ディキンソンの詩には 「一羽の小鳥を癒しなば、我が生涯に悔いあらじ」 という言葉がありますが、一羽の小鳥を癒すことだって、自分の置かれた立場でできる、ほんのちょっとしたことなんですね。」 人間が幸せになるためには、小さいことでいいから、自分が何かできるという意識があること。自分だけ、と言っているうちは幸せにはなれないのですね。 ミルトン・エレクソンというアメリカの心理療法家の話なんですが、ある未亡人が彼を訪ねてくるんです。未亡人にはものすごい財産があるんですが、孤独で自分は不幸の塊のような思いでいるんです。好きなことは何もないし、自分を幸せにしてくれることもない。けれども、そんな彼女にもたった一つだけアフリカスミレを育てる趣味があるんですね。 そこでエリクソンは、できるだけたくさんのアフリカスミレを育てること、日曜日に教会へ行ったとき、誕生日のリストをもらってきて、誕生日がきた人にアフリカスミレを一鉢ずつ贈りなさい、という宿題を出すんです。 未亡人は一所懸命にアフリカスミレを贈り始めるのですが、一鉢贈るたびに思いがけない喜びの葉書とかお礼の手紙がくる。自分の周りにだんだん笑顔の人が近づいてくる。そうして未亡人はとても幸せになった とエリクソンは書き残しています。 ちょっとした物であろうが、何か自分のできることをしていくということですね。 黒柳 ソントン・ワイルダーというアメリカの作家が書いた『わが町』というお芝居があります。主人公はエミリーという女の子ですが、彼女は自分の子どもを産んだあと、20何歳かで死ぬんです。おしょうとめさんたちは先に死んでいて、舞台の右と左にこの世とあちらの世界があるという終わりのほうのシーンで司会者が、 「自分が一番幸せだったと思う日、たった一日だけこの世に帰らせてあげる」というんです。エミリーは12歳のお誕生日の日を選びます。 お父さんお母さんはもちろん若いですよね。エミリーは「パパとママがこんなに若かったなんて知らなかった」なんて初めて気が付くんですね。家の中やお庭には懐かしくて素敵なものがいっぱいある。でも、皆素敵だから当時はわからなかった。 そして再び死んだ人に帰って 「本当の幸せがわかっていなかった。命が何万年もあるみたいに思い込んで。人間って、生きているときって、何も見ていないんですね。家族がちょっと顔を見合わせたり、いまが幸せだって気付いていなかった」としゅとめに言うんです。 昔、私もエミリーの役をやったことがあって、やっているうちに涙が出てきてしまうようなお芝居なんですが、 ちょっとでも立ちどまって親の顔を見るとか、友達のこと、親切にしてくれる人のことを少しでも思ってみることができれば、生きているうちに幸せをかみしめることができるんじゃないかと思います。 鈴木 そうですね。人間は目につくものとか、触れることのできるもので幸せをつかもうとします。しかし、最初におっしゃったように、私たちには一見不幸に見えるような子どもたちが、生きていこうとする、そういう生き生きとした精神が、見える世界にあふれ出ていくとき、本当の幸せをつかむことができるのですね。 *人間はなぜ尻尾を失ったのか?遺伝子の突然変異だった可能性 動物界では、尾というものは標準装備で、その存在にはもっともな理由がある。魚にとっては推進力になり、ウシにとってはハエたたき代わりになり、ワニは尾に脂肪を蓄えている。サルは尻尾でバランスをとり、物をつかんだりさえする。 人間も、実は胎児の頃には尻尾があり、この世に生まれ落ちる頃にはそれが衰退して椎骨と融合し消えてしまう。尾てい骨として知られている尾骨が尾の名残だ。 ではなぜ人間は尻尾を持たなくなったのだろうか?その理由がわかるかもしれない遺伝子が特定された。どうやら突然変異による可能性があるという。 ニューヨーク大学グロスマン医学校の幹細胞生物学を専攻する大学院生ボウ・シャーは、なぜ人間に尻尾がないのか、ずっと疑問に思ってきた。 科学者として彼は、分子レベルで注目して、この疑問の答えを見つけようと努めている。 まずは、動物たちの尾の形状を調べるところから始めた。すると、胚の発達初期に、いくつかの遺伝子のスイッチがオンになって、幹細胞に対して、首や腰、最終的に尾を形成する脊椎や筋肉など一連の重要な骨格構造に成長するよう指示することを発見した。 さまざまな種の尾を発達させるのに基礎となる遺伝子は、およそ30あることがわかっている。そこで、尾のないサル6種と、尾のあるサル9種の遺伝子を比較したところ、霊長目ヒト科(類人猿)と人間には共通するが、サルにはない突然変異が見つかった。 この変異は、TBXTと呼ばれる遺伝子に影響する。このTBXTは、1世紀以上前に初めて見つかった遺伝子のひとつで、尾や背骨の形成にかかわる重要な遺伝子だ。 今回、シャーが発見した変異は、このTBXT遺伝子の真ん中にあり、実質的には人間と他の類人猿でほとんど同じものだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年06月19日 11時41分54秒
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