テーマ:夫婦のつくりかた?!
カテゴリ:日々の雑感
妻にとっては下記のことは全て当たり前で当然のことのようだ。
・旦那がまじめに仕事をしている ・旦那が毎月、決まったお金を家に入れる ・旦那が他の女と遊びに行かない ・旦那が風俗に行かない ・旦那がパチンコや競馬などの博打をしない ・旦那が飲みに行かない ・旦那が合コンに行かない ・旦那が浮気をしない ・毎年家族で旅行に行ける ・毎年良好の計画を立てる ・結婚数年で街中の分譲マンションを購入する ・マンション購入数年でローン完済 ・娘の習い事の送迎をする(たまにだけど) ・洗濯物をたたむ ・お風呂に最後に入ったときには洗っておく ・部屋が汚れていたら掃除をする ・カーテンを閉める ・布団を敷く ・休みの日は布団を上げる ・デザートを買ってくる ・ランチを食べに出かける ・誕生日にプレゼントをする ・クリスマスにプレゼントをする ・ホワイトデーにプレゼントをする ・嫁さんが興味ありそうな情報を教える ・家族の健康を祈る ・世間話をちゃんと聞く ・ハワイで結婚式をしてスウィートに泊まる ・結婚後、何度もハワイに連れていく ・嫁さんが自分の好きなことを見つける応援をする ・しょっちゅう半開きになっている食器棚の引き出しを閉める この程度のことでは最低の旦那ってことか。 ずいぶん理想の高い人。 自分に厳しいので、他人にも厳しさを求める。 だらだらした人間は大嫌い。 こんなことはやって当然のことで、 こんなことすらやらないのは人でなし? そう思っている人に感謝の気持ちを伝える術はある? もしかして 「私は自分のやるべきことを一生懸命やっている。だからあなたもやって当然」 こういう考え方で日々生活しているのではなかろうか。 そこにあるのは、義務感か惰性か愛情か? 人のプレゼントを選ぶときの気持ちが純粋な人は、人が自分にプレゼントをくれる時の気持ちもわかるはず。 猫は無愛想で可愛くないから好きじゃないという人がいる。 猫は猫なりに、尻尾や耳の動きで表現していることがわかる人は無愛想とはいわない。 猫と犬は違う。 ネザーランドドワーフとホーランドロップは違う。 うさぎなら表現のわかりにくいネザーランドドワーフがOKでも、 人間はわかりやすいのでないとダメみたい。 娘は夫婦喧嘩が始まると、「お腹が痛い」だの、「爪から血が出てきた」だのといって喧嘩を中断させようとする。 二言目には「お父さんはねぇっ!~~」といっちょまえな口をきく。 飴玉一つ食べるのに母親の許可を求めないと動けない依存症のくせに。 これでも自分はこの家にいる意味があるのか? 居場所はあるのか? もうきっと必要ないのかもしれない。 それにしても、ここまで伝わっていなかったとは。 以心伝心は無い。 気持ちは伝わるは嘘。 父が離婚する直前、 「家族は幸せだと思っていた」と言っていた。 母はそう思っておらず離婚した。 今また同じことが起きようとしているのか。 「不幸は、息ができていることに今に対する感謝を忘れたところから始まる」という。 この問題が内包している私達の解くべき課題はなんだろう…。 まぁ、こんなふうに思われてるなら別に居なくなってもいいか。 居ないほうがありがたいみたいにも感じられる。 遺族年金ももらえるし。 母子家庭は手厚い社会福祉もある。 いろいろ調べているうちに動悸が激しくなって気持ち悪くなってきて安定剤を飲んだ。「これを100個飲むか?」と思っても直ぐに戻して苦しむだけだろう。 もし、嫁さんが自力で月に20万円稼げていたらとっくの昔に娘を連れて出て行ったに違いない。 「自分に稼ぐ力がないのが悔しい!」と心の声が聞こえてきそうだ。 なんとなく事故に合いそうな気がする。 関係のない人を巻き込みませんように祈るばかり。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年07月06日 00時33分20秒
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