高村薫「土の記」
久しぶりに高村薫さんの小説を読みました。奈良県宇陀を舞台に、本家に婿養子に入った男の老境の心の動き。不貞を働いている妻を見て見ぬふりをし、自殺と思われる交通事故で植物状態になった妻を16年介護しそして看取った男。宇陀の山間部の自然と交わりながら、生者と死者のあわいを生きているような男。70代も半ばに近づきボケも少し出始めた男。よそ者として宇陀の小さな集落に婿として入った男が、70才を超えて宇陀の地の人となり、そして宇陀の地に土になる。その男の心の内を、農業・植物学、地質学そして密教、(流石に「空海」を上梓している作家です)等についての該博な知識を使い、また舞台とした宇陀市にも何度も足を運んだに違いない、ち密な描写、文章の組み立て、高村さんらしい言葉の使い方、読み応えのある作品です。