カテゴリ:本
キザでケチな田島。でも女にはまめ。かつぎ屋で普段は汚いけど押し入れの中にはピカピカに光る靴が・・大食漢で怪力でお金にシビアなキヌ子。田島は画家の女と別れるため、キヌ子と一緒に部屋に行く。そこには永く満洲で軍隊生活をして、小さい時からの乱暴者で、大男の兄がいた。さてこの続きはどうなるのか。想像するだけでも、楽しい。田島は兄に怪しからんと言って投げられるのか・・キヌ子が投げちゃうのか。なんかこんな話、手塚治虫の漫画にもあったな。絶食すると絶世の美女に変身してしまう女。30年振りに読んだけど、やっぱ太宰治「グッド バイ」面白い。最近ゲスな話題があったが「グッド バイ」にもあったので記載しておくね。
「ピアノが聞えるね。」 彼は、いよいよキザになる。眼を細めて、遠くのラジオに耳を傾ける。 「あなたにも音楽がわかるの? 音痴みたいな顔をしているけど。」 「ばか、僕の音楽通を知らんな、君は。名曲ならば、一日一ぱいでも聞いていたい。」 「あの曲は、何?」 「ショパン。」 でたらめ。 「へえ? 私は越後獅子(えちごじし)かと思った。」 音痴同志のトンチンカンな会話。どうも、気持が浮き立たぬので、田島は、すばやく話頭を転ずる。 「君も、しかし、いままで誰かと恋愛した事は、あるだろうね。」 「ばからしい。あなたみたいな淫乱(いんらん)じゃありませんよ。」 「言葉をつつしんだら、どうだい。ゲスなやつだ。」 急に不快になって、さらにウイスキイをがぶりと飲む。こりゃ、もう駄目(だめ)かも知れない。しかし、ここで敗退しては、色男としての名誉にかかわる。どうしても、ねばって成功しなければならぬ。 「恋愛と淫乱とは、根本的にちがいますよ。君は、なんにも知らんらしいね。教えてあげましょうかね。」 自分で言って、自分でそのいやらしい口調に寒気を覚えた。これは、いかん。少し時刻が早いけど、もう酔いつぶれた振りをして寝てしまおう。 「ああ、酔った。すきっぱらに飲んだので、ひどく酔った。ちょっとここへ寝かせてもらおうか。」 「だめよ!」 鴉声が蛮声に変った。 「ばかにしないで! 見えすいていますよ。泊りたかったら、五十万、いや百万円お出し。」 すべて、失敗である。 「何も、君、そんなに怒る事は無いじゃないか。酔ったから、ここへ、ちょっと、……」 「だめ、だめ、お帰り。」 キヌ子は立って、ドアを開け放す。 田島は窮して、最もぶざまで拙劣な手段、立っていきなりキヌ子に抱きつこうとした。 グワンと、こぶしで頬(ほお)を殴(なぐ)られ、田島は、ぎゃっという甚(はなは)だ奇怪な悲鳴を挙げた。その瞬間、田島は、十貫を楽々とかつぐキヌ子のあの怪力を思い出し、慄然(りつぜん)として、 「ゆるしてくれえ。どろぼう!」 とわけのわからぬ事を叫んで、はだしで廊下に飛び出した。 キヌ子は落ちついて、ドアをしめる。 しばらくして、ドアの外で、 「あのう、僕の靴を、すまないけど。……それから、ひものようなものがありましたら、お願いします。眼鏡のツルがこわれましたから。」 色男としての歴史に於いて、かつて無かった大屈辱にはらわたの煮えくりかえるのを覚えつつ、彼はキヌ子から恵まれた赤いテープで、眼鏡をつくろい、その赤いテープを両耳にかけ、 「ありがとう!」 ヤケみたいにわめいて、階段を降り、途中、階段を踏みはずして、また、ぎゃっと言った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.02.26 17:58:50
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