児玉誉士夫とは何者であったか104 児玉ダイヤの本質2
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10064838&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA新聞記事文庫 犯罪,刑務所および免囚保護(5-128)大阪朝日新聞 1933.12.10(昭和8)密輸宝石の故買を自白す服部時計店の主任シリア人ヌーレー・タクラ(四十一年)を主犯とする国際的宝石密輸事件は服部時計店の登場により俄然一大進展を見せるにいたり、八日夜警視庁に留置された同店宝石係主任杉浦孝一について九日早朝地方検事局枇杷田、窪谷両検事、横浜税関より高山税関審査主任、高峰、市村両監視らが警視庁に出張、上京した大阪税関の瀬戸監視とともに八日押収帳簿と対照してタクラとの取引関係につき峻厳な取調を行った結果 両者の取引はタクラが去る八月数万円の宝石を密輸して来朝した直後杉浦は神戸市のタクラ・ホープ商会にいたり八千円余のダイヤを購入し、更にその後タクラの上京に際し帝国ホテルでルビー約四千円を買取り、しかも密輸入品である情を知ってこれを買取ったことを自白した、これによって同時計店の代表者は税関法により一応召喚は免れぬ形勢になって来た、一方タクラの自供によれば服部時計店との取引は昭和四年タクラおよびシャール・ホープ(帰仏中)らが来朝した当時以来一年に数万円ずつ行われていたとの事実も判明するにいたり 事件はさらに進展するものと見ている(東京) 東京府会の涜職にも関係 重要書類発見服部時計店東京本店の家宅捜索の結果意外にも目下東京地方検事局の手で取調を進められている東京府会方面の涜職事件に関係ある重要な証拠物件を発見し、当局はその方面からの追及を準備している模様で例の帝都教育疑獄と府会との関係も噂されている折柄、検挙の手はここにこれら三者を一体として大々的に拡げられるものとその成行きは頗る重要視されるにいたった(東京) データ作成:2009.11 神戸大学附属図書館 注 賄賂用に密輸のダイヤが使われたという話 服部時計がその仲介をやっていたという話http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10065620&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA新聞記事文庫 犯罪,刑務所および免囚保護(6-054)報知新聞 1935.5.11(昭和10)椅子売買の被告三十六名に求刑肥後元視学に懲役六月教育疑獄の公判十一日午前十時から開廷された帝都教育疑獄求刑公判の法廷には広田元視学課長、肥後元学務課長以下三十六名の被告はほとんど背広姿で粛然と着席、塚崎、石渡氏等五十余名の弁護人と被告の関係者らしい二百余名の傍聴人で満員となる、八木検事は同十分から犯罪総論に入った、八木検事は先ず総論において事件の検挙経過を述べるとて帝都初等教育界の腐敗の積弊をあげ、検察当局の発動するに至った経緯を詳述する、次で犯罪事実に入り被告三十六名個々の贈収賄関係を微細にわたり説明するが、予審と公判における被告等の陳述の相違を指摘し心証物証から『否認の否認』に努める、その中でも『先生方お二人様』と書かれた待合茶屋の帳付等は公然と饗応が行われた事実を物語り、例の『盆暮贈答』の内容検討で被告の肺腑をつき、胆を冷させ正午一旦休憩、午後一時続開、八木検事再び起って各被告の犯情論を続け、公判廷においては各被告とも予審供述の一部乃至全部をひるがえしているが、いずれも否認のための否認であると鋭く論及、情状論に入り同三時四十分左の如く求刑した 注 密輸事件当時の文部大臣は鳩山一郎センセイです この構造が戦後に そのまま生き残っているようでhttp://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00076542&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA中外商業新報 1934.10.12(昭和9)金密輸出五千貫更に増大の懸念ロンドン金塊相場の昂騰で内外の差額益々拡大ロンドン金塊相場は既報の如く金死蔵を主因として漸騰し九日は七ポンド二シル九ペンスと新高値となった、ユーゴー・スラヴィア国王暗殺事件はロンドン金塊相場が午前十一時に公定される関係からこの九日の相場には影響していないが、かかる事件は金の死蔵に拍車をかけることは当然で、九日のロンドン市場においても相場公定後に七ポンド三シルの買人が出たといわれているこうした事情から金相場は反落しても暴落は望めず、金高の傾向の持続性については相当根拠があるものといわねばならない、故に我が日銀買入値の引上げが問題となって来るが、これに関する大蔵省日銀当局の態度は再三報道の通りまだ引上げを考慮していないと称しているが、引上論の有力な根拠として挙げられている密輸出の懸念が世界市価との差額拡大によって増大してくるのは注目すべきで、いま某所の推定するところの昭和七年度、八年度の密輸出は次の如く巨額に達し、両年度分を合すれば一匁五円としても二千四百八十八万五千円の巨額に達する 昭和七年 一、四九四貫 同八年 三、四八二貫 九日のロンドン金塊相場を対英為替一シル二ペンスを以て換算すると一匁十四円七十五銭で日銀買上値との開きは一匁につき三円六十九銭となる、故に以上の密輸出額は益々増大する危険があり、この点から当局の何等かの対策が要望されている注 密輸も国際相場の状況に応じて 日本から大陸 大陸から日本にとかわるようです新聞記事文庫 金・銀(12-157)大阪時事新報 1934.11.15(昭和9)金塊二十万円海外に持出す密輸魔密輸ダイヤと引換えに貴金属商から買集む天賞堂に飛火、若主人留置大連星ヶ浦に堂々たる店舗を張っている貴金属商三清洋行から莫大なダイヤが大阪方面に密輸され、大阪一流の貴金属商天賞堂ほか数店から金塊と交換、金の相場の高い支那市場に密輸出して莫大な鞘を取っていた国際経済の生んだ豪商連の犯罪が神戸水上署、神戸税関の協力活動によって白日の下にさらけ出され、内地における金の裏相場の根拠を一挙にして潰滅させた事件は益々拡大する模様で当局は尚も必死の捜査陣を進めている 政府の金の買上げ値段が十一円台であるに拘らず内地の金の相場が十二円十三円時には十三円六十銭にまでも上っている事実の陰には余程の金を密輸して莫大な鞘を取っているものがあるとの見込みをつけた神戸水上署では出入船舶に監視の眼を見開いていたところ去る九月十七日商船扶桑丸の元三等給仕尼崎市昭和通り八丁目三一七肥田常五郎(三九)及び同神戸林田区三船通り一丁目三二中川彦四郎(三七)の両名の行動に不審の点があったので引致取調べたところ 大連星ヶ浦貴金属店代表社員近藤三弥(四四)を中心に同店の専務で元内閣書記官長某氏の甥河田清二(三六)同店員重田俊策(三八)同柳ヶ瀬文二(三一)が支那方面の金の高値に着眼しダイヤと交換に内地の金を集めて一儲けしようと柳ヶ瀬が封筒の中に多数のダイヤを入れて前記扶桑丸のボーイに手紙の如く装わせて密輸し大阪の貴金属商南区塩町三丁目二一天賞堂若主人新本秀雄(二一)ほか 南区高津四丁目桐谷与三郎(三二)南区安堂寺橋通三丁目橋本虎吉(四三)布施町菱屋大上定吉(四五)及び名古屋市中区流川町二二水渓直吉(五〇)神戸市神戸区中山手通一丁目一六三田中正喜神戸市湊東区上橘通三丁目二五七内田吉太郎の 貴金属商から金を買集めダイヤと交換柳ヶ瀬は用心深く直接買集めには走らず神戸市須磨区菊池二丁目一六油紙商大村一郎(三一)をして直接大連の近藤に送らせ最近一箇年間に十五六貫二十万円の金を外国市場に売捌いていたと云う虞るべき事実が判明本月初旬神戸水上署林刑事部長神戸税関竹沢監視等と共に大連に向い大連警察署の応援により首魁近藤、河田、重田を一網打尽に引捕えて大連に異常なセンセーションを捲き起した一味の逮捕で金相場暴落 罰金もタクラの三倍に上ろう稀代のその罪状近藤等のダイヤ密輸は昭和六年ごろからでその罰金だけでも数百万円に上りヌレタクラの三倍に上るという、目下巨魁は神戸水上署に留置取調中であるが天賞堂主人新本氏も近く召喚される見込みで事件は頗る波及性を持ち続々豪商、紳商更に社会的身分高い方面に検挙の手が伸びる模様である、この密輸団検挙の手が延びたと云う丈けで金の売相場が当時一挙八十銭も暴落したと云うことである注 金塊が外に出されて ダイヤが入ってくるということですが ここには 天賞堂とありますが 金の密輸は服部時計もやっていたんでしょう新聞記事文庫 犯罪,刑務所および免囚保護(6-006)時事新報 1934.4.27(昭和9)ダイヤ魔を虜にした我が捜査や優秀密輸団タクラ等有罪と決定為替管理法初の違反昨年暮れから本年一月にかけて全国貴金属商を戦慄させた仏国人神戸市六甲八幡字森後合平地一の四在住ヌーレ・タクラ(四三)大阪市南区鰻谷仲之町三二角谷栄蔵(三七)本郷区坂下町一、三輪豊照(四一)の三名に係る国際的密輸入団の予審は東京地方裁判所吉田予審判事係で審理中の処二十五日予審終結、タクラと三輪の両名は関税法違反角谷は関税法違反並外国為替管理法違反、涜職(贈賄)罪で何れも有罪と決定公判に附されたが、為替管理法違反は金輸出禁止から昨年七月為替管理法敷かれて以来、之が最初である、本件検挙に際しては東京、大阪、神戸の三検事局が管下の捜査官を総動員して犯罪の摘発に努力しただけに検挙困難と目されている国際的なダイヤ密輸入団の片鱗を完全に捕捉し得たことは日本の捜査の優秀性を世界に認識せしめるものと言われ、其内容は探偵小説を地で行くより遥に大きなスケールを有ったものである、決定書に依れば、タクラは仏領シリア生れで仏国人チャールスシャルホープと共同して世界を股にかけてダイヤの密輸入を商売にしていたが 1…両名は共謀して昭和六年十月から七年二月上旬迄にシャルホープが仏国巴里で仕入れたダイヤ七分石十三個九カラット五九、価額四十九万八千五百余円を日本に密輸入するため外国船の乗組員十数名に多額の分前を与えて神戸に携行させ巧みに税関の眼を晦まして密輸入した 2…昭和八年七月頃両名は白耳義アントワープ等で仕入れたダイヤモンド二十数万円を上海に携行して同地で角谷三輪両名に大部分を売却し残りの五万八千余円のダイヤはシャルホープ夫妻が着衣の秘密ポケット特殊の手袋等の中に隠匿して神戸に携行上陸し、前後二回に亘る五十五万余円のダイヤは全国の貴金属商の手に密売されたものである、角谷は上海で買入れたダイヤ二分の一石十一個五カラット十価額二十二万余円を内地に密輸したが此ダイヤ買入れの代金に充てる為、角谷は昭和七年一月から八年十一月迄八回に亘って二十円金貨六百五十枚、十円金貨八十二枚、金塊三十貫匁約四十万円を長崎丸浅間丸上海丸で法網を潜って持出した、然るに七年四月角谷は一万数千円のダイヤを密輸入せんとしたのが発覚し神戸税関で罰金三万円に処せられたが、罰金納付の猶予を請託するために神戸税関観察係長高橋縫三郎に現金二百円を贈賄した 3…三輪豊照は昨年五月以来十数回に亘り大阪市西区四ッ橋広田旅館で逋脱ダイヤなることを知悉しながら二十万八千余円を故買したと云うのである 此一味が如何に大仕掛けの密輸入をしていたかが簡単な決定書の裏に躍動していて一味の公判は国際的な興味を呼ふであろうと見られている 注 ダイヤの出所が 上海にあることに留意http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/51321994.html上記のことを考えると これはどういうことかというと金は 国際通貨になり 下手に 大陸に渡ると 蒋介石政府の資金にも回るので 金の流通に統制をかけたということですが ダイヤの重要性がいわれるほど 高くなかったということなんでしょうか東京の貴金属の流通の監視人に 三浦義一がいて 上海に児玉機関が置かれたのですが これはどういうことなんでしょうか今までの流れから考えると 児玉ダイヤとは 全部とはいいませんが この密輸ダイヤが上海に滞留したもので もともと出所が不明なんで 結果として 曖昧に処理されたようにも思えます