(この記事は、関西グスタフ・マーラー響の3番を聴く その2 謎のポストホルン の続きです。)
1 第四、第五、第六楽章について
第三楽章が終わって、少しの間合いを挟んで、独唱者が舞台上手後方の席から立ち上がり、第四楽章が始まりました。良い歌唱でしたし、オケも静かにきれいに鳴っていて、難しいホルンもきっちり吹かれていました。
さて第五楽章が始まりました。2階の左右両サイドの客席に、児童合唱と並んで、ハンドベルを持った女子高生と思しき何人かがいて、ベルを手で持って鳴らしているようでした。いよいよ両翼配置のハンドベルです。
しかし、しかし。
ベルの音が貧弱で、殆ど聴こえてきません。通常のチューブのベルを叩いて出てくるスコーンという明るく抜けた音がしないのは当然としても、そもそもベルの音自体がほとんど聴こえてこないのでした。所々で、じゃわ〜んとした音がかすかに聞こえてきて、これがハンドベルの音なのだろうと想像する、という感じでした。これは残念の限りでした。。。もしもハンドベルの音色にこだわるならば、人手を大幅に増やして、一つの音高のベルを数人程度で鳴らす必要があると思いました。ベルの音高は6種ですから、相当な大人数が必要となるでしょうけれど。
終楽章は、素晴らしい演奏でした。第一楽章と同じように、シャープな輪郭を保ちながら、テンポの落とし方がゆったりとして、大きな音楽の流れができていました。オケも一つになって、良い音を出していました。
終楽章最後近くの金管コラールは、曲の最初から舞台上でずっと一番トランペットを吹いていた方が、この難所もきっちりと美しく吹かれていました。なお、ポストホルンを吹いた奏者は、その後の楽章間にポストホルンを持って舞台上に戻り、4番トランペットを吹いていました。この一番トランペット奏者と、ポストホルン&4番トランペット奏者、お二方とも見事でした。それから特筆すべきは一番ホルンで、この方もすばらしく、アマチュアでここまでとはあっぱれでした。またトロンボーン隊は、1番奏者が女性でした。2,3,4番の男性陣がパワーがあり、1番をがっちりサポートしている感じでした。
2 第四、第五、第六楽章のアタッカに関連したこと
ここから先は、第四・第五・第六楽章のアタッカ関連の感想と、それに関連しての合唱や独唱の起立・着席のタイミングなどを書いておきます。かなり細かな話でつまらないと思いますので、皆様読み飛ばしちゃってください(^^)。
この曲のスコアには、第四・第五・第六楽章の三つの楽章(=二つの楽章間)がいずれもアタッカで演奏されるように指定されています。その演奏スタイルは、指揮者によって大きく三つに分けられます。便宜的にAスタイル、Bスタイル、Cスタイルと呼んでおきましょう。Aスタイルは、楽章間には合唱団や独唱者の起立や着席など一切行わない、厳格なアタッカで演奏しようとする方式です。そのために、起立や着席のタイミングなどに指揮者がいろいろな工夫をこらし、うまく成功すると、音楽的に素晴らしい効果があります。Bスタイルは、それほど厳密なアタッカにはこだわらずに、しかし一応タクトは下げないままで、楽章間に起立・着席をさせる方式です。ある程度の時間的な間合いと精神的緊張のゆるみが生じてしまいます。Cスタイルは、アタッカを完全に無視して、タクトを完全に下げて、合唱団の起立・着席などをさせる、というスタイルです。さすがにこのCスタイルはプロではかなり珍しく、アマオケでも少数派です。
楽章間が、第四・第五および、第五・第六の二つありますから、たとえば二つともAスタイルなら「AAスタイル」、最初がCで次がBなら「CBスタイル」、と呼ぶことにします。
AAスタイルで行うのがもっとも厳格な方法です。しかしそれを実現するには指揮者の様々な工夫はもちろん、合唱団にも緊張の持続が必要で、小さい児童もいる合唱団に、どこまでを求めるか、音楽的な理想と現実的な条件となかでどのあたりで折り合いをつけるかは、アマチュアによる演奏の場合は悩ましいところだと想像します。
プロでは、シャイー&コンセルトヘボウの来日公演のAAスタイルが、完璧な、究極の方式でした。個人的に「シャイー方式」と呼んでいます。「シャイー方式」については、この記事の最後の「付録」に書いておきました。
それから、アマオケでも完璧なAAスタイルの演奏が、稀にあります。2009年の三河正典&小田原フィルがそうでした。シャイー方式とはやや異なる点がありましたが、これはこれでやはり妥協のない、完璧なAAスタイルで、感動的でした。
このふたつが、これまで体験した3番演奏会の中で、個人的に、最善の、理想的と思うアタッカです。
前置きが長くなりました。今回の方式は、CBスタイルでした。
すなわち、第四楽章が終わると、指揮者はおもむろに向きを変えて客席の方、正面を向いて立ち、両腕を斜め上に高く広げてかざし、にこやかな顔で、2階客席両サイドの児童合唱に起立を促しました。それで子供たちが起立して歌う準備が整ってから、指揮者はオケの方に向き直り、そして第五楽章が始まりました。すなわち、この楽章間ではかなりの長い間合いがありました。一応タクトは上げたままでしたのでBスタイルと言ってもよいかもしれませんが、間合いがかなり長かったので、Cスタイルとしておきます。
なお、第五楽章が始まったときにはまだ舞台後方の女声合唱は着席したままで、第4小節でオケが入ってきたところでただちに女声合唱が起立し、そして第7小節からの歌を歌い始めました。この、児童合唱と女声合唱の起立の時間差方式は、AAスタイルの中で適切に使えば、効果を発揮する方法のひとつです。しかし、Cスタイルでは、あまり意味がありません。だって、楽章間で間合いをとって児童合唱を起立させているのですから、そのときに一緒に立てばすむことです。女声合唱だけわざわざ第五楽章が始まってから起立させる意味というか目的が、わかりません。
ついでに、第五楽章半ばで、自分の歌の出番の終わった独唱者は、着席せず、そのままスタスタと歩いて舞台裏に引っ込んで行ってしまいました。このような「独唱者早期退場方式」は、稀にみかけますが、個人的には、なんだかなぁという感じが否めません。
それから、第五楽章の終わり際の、女声合唱の着席方法は独特でした。この曲の合唱は、児童も女性も、第五楽章の最後近く(練習番号10の冒頭)に3小節弱の休止があります。今回、女声合唱の右から約2/3の人たちは、この休止のところで座り、そのあと最後の10小節を座ったまま歌いました。残りの左側の1/3の人たちは、第五楽章の最後まで立って歌い、楽章が終わってから着席しました。(おそらく、三声部からなる女声合唱の中声部と低声部の人たちが先に座り、高声部の人が最後まで立って歌ったのだと思います。)
このように女声合唱を分割して着席の時間差をつける方式は、初めて見ました。座るタイミングを間違えたにしては整然としていたので、おそらく指揮者の意図だと思います。しかしその狙いというか効果は、見ていて特に感じられませんでした。
そして第五楽章が終わってから、続く第六楽章との間に関しては、Bスタイルでした。
もはや記憶がややあいまいなところもありますが、第五楽章の音が完全に消えてから、指揮者はタクトをあげたままで、児童合唱に着席の指示をしました。それで児童合唱と女声合唱の残りの1/3が着席し、そして第六楽章が始まったと記憶しています。(独唱者は、上記したようにすでに退場していて、舞台上にいませんでした。)
ここでも、さきほどと似たような感想を持ちました。つまり、もしもここをAスタイルでやるのであれば、あらかじめ第五楽章の最後近くで女声合唱を座らせることの意味があります。しかしここをBスタイルで、児童合唱を座らせるのであれば、そのときに女声合唱も一緒に座らせればすむことです。わざわざ女声合唱の一部を、第五楽章の途中で座らせる意味が、不明です。
3 まとめ
終演後に、プログラムの解説を読んだところ、興味深いことが書かれていました。指揮者の田中宗利さんは、俳優・劇作家・演出家としても活躍されているということでした。なるほど、そう言われると、いろいろと合点がいきます。オケの演奏会では異例のPA使用(確証はありませんが)の発想は、演劇界の人としては自然な発想なのかもしれないです。それからたとえば、第五楽章の開始前に客席を向いて両腕を高く上げて児童合唱を立たせる堂々とした仕草は、ある意味芝居がかっている感じ(悪い意味ではないですが)がしました。ハンドベル使用というのも、従来の発想にとらわれないユニークな試みでした。
正直PAの使用(?)は、僕としてはいただけませんでしたし、両翼配置ハンドベルは、残念ながらアイデア倒れだったと思います。また、女声合唱の起立や着席には独特な手法を取り入れながらも、肝心なアタッカにはそれほどこだわらないという点も、僕としてはやや疑問を持ちました。
以上、いろいろ細かなことを書いてしまって、自分こそ変なこだわりがある古い偏屈人間だ、と恐縮します。ともかくも、若い斬新な感覚によるユニークな試みが、いろいろと仕掛けられていた個性的な3番演奏でした。そしてオケの技術は本当に立派で、すばらしかったです。
今回少しでしたがぐすたふさんとお会いできて、またブロ友さんたちと短いながら歓談のひと時をすごせて、貴重な機会となりました。皆様ありがとうございました!
○付録「シャイー方式」について:児童合唱と女声合唱の起立と着席のタイミングに関しては、かつてシャイー&コンセルトヘボウの日本公演が、究極的にすばらしいもので、僕は勝手に「シャイー方式」と呼んでいます。シャイーは、全合唱団を、第四楽章!の始まる前に起立させました。第四楽章は合唱の出番が全くないのに、あらかじめ起立させたのです。こうすることで、第四楽章と第五楽章を、緊張感を保った完璧な静寂の中でのアタッカで演奏することが可能となりました。それから第五楽章の最後近くの練習番号10の休止のときに、全合唱団をすばやく座らせて、その後の約10小節を座ったまま歌わせました。こうすることで、第五楽章の終わりからそのまま完璧な緊張感と静寂のうちにアタッカで第六楽章を開始することができたのです。(良く見られるのは、第五楽章が終わった時に合唱団は立たせたままで着席させず、アタッカで第六楽章を始め、第六楽章が少し進んだあたりで合唱団を着席させる方法です。これでも良いのですけど、第六楽章途中で着席することにより音楽の緊張がわずかに緩むかもしれない可能性をもシャイーは排そうとして、第五楽章のうちにすでに全合唱団を座らせたわけです。まさに究極のAAスタイルでした。)