すっぽんとのびきったラーメンと戦場のメリークリスマス
去年の暖冬のツケなのか枯れ葉散る季節にシンシンと降り続く雪。うっすらとかすかに積もる、まだだれにも踏まれていない深白の雪景色。なんかムーミン谷のようです。あっ、今ニョロニョロが歩いていきました。てなメルヘンチックな幻想が見えるくらい日常で感じる神秘的な空間。しかし僕にはこのうっすらの深白の雪景色を見ると必ず思い出す出来事がある。中学2年生の師走始めの日曜日、家でくつろいでいると親戚のおばちゃんとその息子に知り合いのお店にラーメンを食べに行くので一緒にどうか、と誘われ、中坊の僕にとって外食はステキイベントのベストスリーに常に入っていたので迷うことなくお供した。家を出たのは夜の9時頃で、中坊にとってはけっこう遅い時間であり、そんな夜に出歩く行為がちょっとした冒険心をあおっていた。なにげなく空を見上げると、月や星がまったく見えない真っ暗などす黒い空、今思うとこれから起こる出来事を暗示していたかのような空だった。連れていかれたのはなぜかすっぽん料理の店だった。こちらのすっぽん料理のお店、僕の通っていた中学校の目の前にあり通学時に必ず前を通っていたので存在は知っていた。店の前に「仙台で二番目にうまい店」と書かれた立て看板がある。強気だ。しかしラーメンを出しているとは知らなかった。中に入るとお客さんはだれもいなかった。壁には赤い毛筆で「すっぽんら~めん」、とまるですっぽんの血で書かれたのごとし魂の入ったメニューが。3000円なり。こちとらごちそうになる身分、3000円のラーメンを頼むのはタブー中のタブーであろう。中学生にとっては質より量の育ち盛りということもあるし。その前にこのお店の主人、いい感じで酔っ払っていて仕事放棄モードである。こちらのことなど御構い無しに親戚のおばちゃんとしゃべっている。どうやら僕らは酒を飲みたいおばちゃんのだしとして連れて来られたようだ。そんなことはどうでもいい。腹が減った。ここは一番ふところにやさしい「ら~めん500円」を頼むのが世の常であろう。「ラーメン二つください!」店主は聞いているのかいないのかわからないぐらいおばちゃんと話しが盛り上がっていた。ふとテレビを見ると、映画「戦場のメリークリスマス」がやっていた。坂本龍一が日本兵の役なのに化粧をしていてちょっと引いた。だが、なかなか斬新な内容にしばし見入ってしまった。どれくらい時間が経っただろう。忘れかけていたラーメンが目の前に現れた。「ごめんよ、お待たせ!」そうしゃべった店主の口から酒の臭いがした。ラーメンは太麺の醤油風味のようだ。ずいぶん太い麺だなあ、つうか思いっきりのびてるやないかー!あのすっぽんおやじ、忘れてやがったなーが、そのままいただきました。育ち盛りなもんで・・・のび過ぎたラーメンを食べるのはかなり気合いが必要で、まるで荒行のようだ。箸で掴めないくらいのブニョブニョ感、歯ごたえなんてまったくなし。胃に届くまでにあまりの柔らかさのため、麺が食道の側面にへばりつく。う~ん、ギブアップしようかな、とおばちゃんの息子さんをチラっと見ると息子さんは何事もないかのようにむさぼり食っていた。立場上、僕もむさぼり食ったほうが賢明だな、ということで完食した。牛ガエルの泣き声のようなゲップがでそうだった。そのあと大きく膨れたお腹をさすりながら映画を見ていると、おばちゃんはしゃべり疲れたのか満足気で、時間も遅かったので店を出ることにした。外に出ると目の前の中学校の校庭が一面銀世界になっていた。店の中にいる間に雪が降ったようだ。だれにも踏まれていないきれいな白いカーペットが広がっていた。幻想的な光景だ。が、そんな情緒など中学生の僕にあるはずがなかった。ふと横を見ると息子さんが「仙台で二番目にうまい店」と書かれた立て看板にガンを飛ばしていた。僕も負けじとガンを飛ばした。せめてもの反抗だ。店の中から戦場のメリークリスマスの音楽が聞こえた。エンディングのようだ。胃の中はそれこそ戦場のようだった。とりあえず、「メリークリスマス」とひとりつぶやいた。うっすらとかすかに積もるまだだれにも踏まれていない深白の雪景色。メルヘンチックな幻想が見えるくらい日常で感じる神秘的な空間。が、僕はこの光景を見るとすっぽん料理屋で戦場のメリークリスマスを見ながら食べたのびきったラーメンを思い出す。思い出というよりはトラウマかな。