俺はジントニック
十数年前、あるバーである男の出来事。まだ学生の身分であった彼には小さな夢があった。仕切りの高いおされなバーで僕に合うカクテルをください、とバーテンダーに告げること。そしてその僕のイメージなカクテルを飲みほすこと。なんのこっちゃない事のようだが大学生の彼には当時のサッカー代表、アジアの壁ことディフェンダー井原のように大きくそびえ立つ難攻不落なものであった。そしてついに決行する時がやってきた。渋谷の街のはずれにある老舗のバーに、酔った勢いもあり突入した。カウンターにはテクノカットの無愛想なバーテンダー、強敵だ。意を決してバーテンダーに告げた。「僕のイメージのカクテルをください」言った、遂に言ってしまった。感無量。。。無愛想なバーテンダーが鼻で笑ったような気がした。が、そんなことは関係ない。千種類以上、いや星の数ほど無限にあるカクテル。どんな自分色のカクテルが出てくるのか。赤色か青色かはたまた紫か。オレンジの皮や南国の花なんかがみょ~んと付いてきたら照れるなあ。期待と不安が入り混じった時間が過ぎる。バーテンが出来上がったカクテルをけだるく差し出す。視線を手元のカクテルに向けた。無色透明の液体だ。シュワシュワと溌剌とした気泡が立ち込めている。なんか良く見る液体のようだけど、何と言うカクテルだろう。「これは何と言うカクテルですか?」と聞くとバーテンダーは吐き捨てるように答えた。「ジントニック」え、ジントニック!?ジントニック!?ジントニックーーーー!!!カクテルの中の定番中の定番、だれにでも愛されるカクテルだが数あるカクテルの中でなんで・・・平々凡々、なんか大衆に埋もれた感のある虚脱感。なんでジントニックなんですか?僕って平凡なんすか?とバーテンダーに真意を問おうを思ったがそのバーテンダーは話しかけたるんじゃねえオーラを出しまくり彼をシャットアウトしていた。おしゃれバーデビューの彼にはその空気の中、問いかける気力はなかった。結局、その後一言も会話をせずに店を出た彼はKO負けしたボクサーのように肩を落とし帰路に着いた。そして誓った。社会に出たらジントニックにはならないぞ、と。現在彼はとてもアグレッシブな仕事に従事し、忙しくも充実した日々を送っている。あのジントニックのおかげで反骨精神が宿った、と言っていた。人間なにが人生を左右するかわからない。ジントニックに乾杯。