我家には自動ドアがある。貧乏家なのにである。お客が来るわけでもない。商売はしているけれども自宅に帰ってまで仕事をしたくないので、まあ実際にはしているのだが、頻繁に人が尋ねて来ることもない極々普通の家である。
「開けゴマ!」
ゴゴゴゴゥと扉がゆっくり開く。
「開け!開け!」
今度は中々開かない戸。
「わがまま言うな、少し待ってろ」
玄関の戸が、すうっと開く。開いた空間から寒風が細く太く入ってくる。
「待たせやがって」
本当にわがままなネコである。
自動ドアにしてやっている身にもなってみろと云うのだ。
別に自動ドアにしてやる必要も無い。人間がネコに遣われなければならないと云う法律もない。ニャンニャン鳴こうとも関係ないのである。
只一つ問題が。奴には鋭い爪がある。これがクセモノなのだ。
知らんふりして開けないでおくとする。そうすると爪を最大限に出して、短時間に、戸を上から下へと何往復もさせるのである。そこには真新しい木肌が挨拶をし、底にはダシをとるときの削り節のような粉が散乱するのである。
行儀が悪いともいえない御猫様なのであるが、扉が開かないときだけは、野生の本能がよみがえってくる。
結構あたまも良いのだろう。最近、2センチほど隙間を開けておいてやると、自分自身の前足を器用に入れて、ゴゴッと開けてしまうのである。
新聞を読んでいると、こちらに背を向けて、その上に載ってくれるし、手紙を書いていると同じ様に紙の上をなぞってくれる。パソコンのキーボードを叩いていると、それを真似して叩いてくれる。丁度幼児のような感じであろうか。
扉を開けるのを見ていたのか、真似をして戸を開けるようになった。まあ閉めることは決してしないのではあるが。
だから最近はわざと2センチ程隙間を空けて戸を閉めることにしている。
12月も近付き、段々と気温も下がってきた。日中は半そででも我慢できるのではあるが、さすがに夜中の冷え込みだけには勝てない。
連日のハードなスケジュールに疲れていた。寒さと疲れで思考が停止し、うっかり扉を全部閉めて寝てしまった。
「開けろぉ、アケロォ」
ニャンニャン鳴いているのが聞こえる。新聞屋のバイクの音。これが聞こえると言うことは午前三時か?
しかし疲れている体、起きようとしても起きれない。
「開けろぉ、開けろぉ」
ひたすら鳴く声。でも起きれない。
段々と記憶が無くなって来た。
鋭い痛みで目が覚める。何かが頭を叩いた。鋭い爪。前足で数発、ネコパンチを食らわしてくれたのだ。そして大きく口を開けて、がぶりと噛み付く。なんとも手荒い起こし方。
近所のひとのバイク音が聞こえる。やばい7時過ぎだ。
目の前に幅15センチほどで縦長の隙間が見える。そこからは朝日がさんさんと降りそそぐ。
朝から良いことが起こり、今日は目覚めが良い。
遅刻が免れた。これなのだ。今日は大切な仕事が入っていたのである。起こしてくれなかったら、かなりの損害がでていた。
そして賢さの証明か、戸を開けることを覚えてくれた。よくもまあ、開けられたものである。
木の良い香りが漂っていた。清々しい気分。でも、そこには悲しくなるほどの大量の屑。光と戯れ輝いていた。このぉバカネコ。